…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

また、やり直しなの?

普段、子供達を心配している私ですが それは自分が歩いてきた道のりが

決して平坦な物ではなかったからです。

ADHD(注意欠如多動症障害)の特性

を持つ私が「自分は これでいいかな。」と思えるまでには 長い時間が必要でした。


思い返すと、幼い頃から中学生くらいまでの間は如何に学校などの集団から外れないかが概ね「普通」の基準でした。

子供がうじゃうじゃと多かった時代でもあり、大人には扱いやすい子供が“いい子”であった訳です。

(それに反発した子達がヤンキーと呼ばれ校内暴力の吹き荒れてた時代でした。)

集中力が切れやすく、授業中は上の空。その為に行動も遅れがちになる

。そのくせ言語の遅れはなく、むしろ達者で 本質を鋭く付いてくる。

発達障害などの子供は 世間の持つ“ぼんやりしている”と言ったイメージと違って実際は勘が鋭い子が多いように思えます。

ある種のこだわりがある分 ごまかしが効きません。

率直に疑問を口にしますしね。 

一般的にそれらは、素直さを欠いた

「子供らしくない・可愛げがない」と言われ 反抗的な子供だとされていました。

揉めてる相手の大袈裟な嘘泣きを見破って容赦無く指摘しちゃうと

大人は大概 

「その人の立場になって考えてみなさい!人の気持ちが分からない子だね。」となるけど

いやいや嘘泣きです。向こうに非がありますよと言った所で

その態度は何だ、と批判され 悪いのはこちらになるのです。

大体は「嘘や真実」をすっ飛ばして 場を収める方を優先しますから。


良いように動かしたい大人にしたら、まー 面倒くさい存在なんです。大人になった私も 今は多少気持ちは理解できますけれど( ̄▽ ̄;)


そんな面倒くさい、規格内に上手く収まらない私は、大人(ここでは 主に先生)にはズレた子と認識されていた様に思います。


そして子供の世界においても若干浮いてましたね 私。

例えば、誰かを的にした遊びの意地悪も苦手でした。

私たち仲間だから そうじゃないあの子は無視しよ〜。友達なら普通やるでしょ、うふふ。が私にはいまいち分からないのです。

え。ふつう?それって普通なの、どこら辺が?

喧嘩なら それ相応の理由があるはずなのに、

今で言う「空気を読んで」みんなで一緒になって攻撃する仲間とのコミュニケーションとしての意地悪には 悪意のみで 理由はないからです。

特別な理由もなく 人が嫌がる事していいのか? そんな自分の正義感や疑問が勝っちゃって参加出来ないのです。

でも 加わらないと やっぱり周囲からズレてると言われちゃう…。


そこに 不器用とか 話聞いてないとか

の特性が絡んで

「何かameちゃんて変わってるよね〜」「普通じゃない〜」とか言われていました。

中学生までは やはり この発言が正直

怖かったです。

現在より大雑把な時代ではありましたが、子供の個性を尊重される事は

なかったと思います。

皆が足並みを揃える事のが重要でした。子供多いし。

周囲も親も「大多数が正しい、それ以外は はみ出し者」と言う考え方が

まかり通っていましたから。

その中で 浮いているのは 人としてダメに等しい。本当に恐怖でしたよ〜


この時代には発達障害は あまり広く知られていませんでした。

何となーく出来ない子もクラスにはチラホラいて、問題の原因は性格か

頭の悪さから来るものだと思われていました。

守って欲しかった親にも「人並みに!」「普通なら出来るじゃない!」「みんなと同じ様にしなさい。」と良く叱られました。

だけど、こちらは分からないのです。

誰も当たり前だからと具体的に説明なんかしないし、そもそも明確な基準もないんだから 周りを見回してとりあえず同じ事をしてみる。

でも 自発的な行為じゃないから 遅れを取る、不具合が出る。

→敢え無く失敗❗️


みたいなのの繰り返し。

そうなると、親は更に何故みんなと同じ様に出来ないんだ?となじる…

親くらいは それでいいんだよ!と言って欲しかったですけどね〜

自分はダメな子なんだ。ひねくれてるんだ。

思春期も手伝い、気持ちは荒れていました。

素直さがないって言われるけれど、

思ったままの発言をしたら怒られる

。個性は大事!と言うけど、人と同じ事をしないとダメだと言われる。

これじゃ自尊心とか自己肯定感なんて、育つ訳がありません。


この頃の私は 自分は普通じゃない事がバレないかいつも不安でした。

一方で 押し付けられる「普通」の檻を窮屈に思っていました。


ところが、高校生になるとそんな私は周囲から面白がられる様になりました。

地元の高校ではなく 少し離れた私立高校に進学した為、学校の雰囲気も

集まる人のタイプも大きく変わっていました。

相変わらず周囲との多少のズレは感じていましたが、それでも「あなたは そう思うんだ?へぇ〜。」と違いを受け入れて貰えた事は大きかった

。発言も要領の悪さもameらしいわ

と笑ってくれたのです。


勉強が出来る子も 補導されまくりの子も 真面目な子も ヤンキーもいる。

色んな人がいる中で、少しくらい風変わりな子がいても許される気がしました。

知るって大事な事です。


「これもアリなんだ…。」

生きて行くには正攻法(自分には絶対的に無理!!)以外にも私の走れるルートがあった。みたいなもんです。

この思いつきは 私を変えました。

今まで 私が居た場所では ほぼ決まった方法で、不利なルールしか提示されて来ていなかったから…

そこから 急速に外の世界に興味が向かいました。



だからと言って、その後劇的に私の何かが良い方向に進んだ訳ではありません。

世間はそんなに甘くありません。

成績も良くなかったし、入学して暫くは学校は嫌いでした。

正規ルートでは 私はズレている事に変わりはありませんから。

ただ、普通の呪縛は解けましたね。

マナーとか振る舞いなど失礼にならぬよう心に留めておくぐらいで問題がないと思えるようになりました。


それから 自分の周囲の人達が私の「ズレ」を気にしなければ 「ズレ」にならない事にも分かりました。

これは短所と言葉を置き変えて貰うと分かりやすいと思います。

「ズレ」によって、良くない事をした場合には、ちゃんと注意してくれる 信頼出来る人間関係を築く大切さを知りました。


私は 長い長い時間をかけて、自尊心や自己肯定感を再構築して来たのです。

苦しかった「普通」は 私に取ってただの縛りだと。

そんな心に留め置く位であった柔らかなリボンを 鉄の檻に戻したのは…

結婚であり、母と言う立場でした。

そして「母親なら当然の事」と言ってのける夫でした。


また、やり直しなの?


この勝てないゲーム、やる気ないけどな。力無く呟く日々です。













「持ちつ持たれつ」は持った人しか言ってはいけない

我が家の子供達の通う書道教室では

きょうだい間でのみ、曜日を交代する事が出来ます。

個人の教室だからこその臨機応変なシステムで、事前連絡も必要がなく部活や他の習い事、行事などで忙しい子供達が長く続けられる理由の一つになっています。


今回、中1の長女りーが学校の委員会の都合で、小3の次女しーちゃんと曜日を交代をしたいと言いだした事から話は始まります。


この所長女の都合で、しーちゃんは曜日を交代させられる事が度々ありました。小5の息子るーは長女と同じコマで受けているので交代要員にはならないからです。

しーちゃんとしては 授業が多い曜日に習い事があるのは嫌だと言うのですが、交代する理由が遊びでなく委員会や、学校行事等に寄るのものなので 私も何とかなだめすかして行かせていたのでした。


嫌がる理由は他にもあって、それは

長女が交代を当然の様に命令すると言う点です。

長女の頼み方と言ったら

「私は委員会の仕事があるの。これ、休めるものじゃないんでね。仕方ないから。」

と、まぁ こんな感じです。

少なくとも相手に“頼んでいる”姿勢には思えませんよね。

つまり説明をちゃんとされず、雑に扱われた挙句 感謝もされない事に しーちゃんは腹を立てているのでした

だって、小学生のしーちゃんには中学校の委員会の事情なんか正直、知ったこっちゃないですもん。

はっきりしているのは自分に皺寄せが来ていて、迷惑を被っているって事。

このやり取りに毎回頭に来ていた

しーちゃんはついにキッパリと私に断りました。

「私、やだ❗️交代しない。」と。


一見すると、聞き分けのない我儘にも取れますが 私はそう思いませんでした。

今回の交代に関しても、事前に私は長女に何度も念を押していたからです。

「交代して欲しいなら、しーには理由をきちんと説明してね。それから ちゃんと了承を得る事。」

当日の朝も 私の問いかけに長女は曖昧な返事をしていました。

「う、うーん。しー分かってると思うよ?だってうなづいていたもん。

むむ、怪しいなぁ…??

ですが そこで私は敢えて突っ込みませんでした。


そして帰宅した しーちゃんに習字に行くよう促すと、上記の返事が返ってきた訳です。

お姉ちゃんと話した?と聞くも、私は承諾した覚えはないし いつも命令されるのがムカつく!と予想した通りの理由でした。

一通り説得を試みましたが、しーちゃんは譲りません。

 「これはもう致しかない。」が私の正直な気持ちでした。


しーちゃんには「今日の交代はしなくても良い。ただし 来年はあなたも高学年だから、お姉ちゃんの都合と関係なく 今後習い事の曜日や時間が変更する場合は受け入れて欲しい。

と話し、今日は欠席としました。

長女は帰宅し事の次第を聞くと怒り出しましたが 私はとつとつと話し始めました。


では。文句を言う前にちゃんと妹に対して説明をしたのか?

そしてちゃんと相手は納得して了承を得たのだろうか?

あなたは、相手が自分よりも年下の妹だからと甘く見てその手間を省いたんだよね?

「書道を休みたくない。だけど こう言った理由があって間に合いそうにない。申し訳ないけれど 明日と変更して貰えないだろうか。」

そうきちんと説明し、丁寧にお願いする必要があったのではないか。

納得も了承も得てないのに、要求が通らないからと言ってあなたが怒るのは ちょっと違うんじゃないの?

と 話すと長女は黙ってしまいました。


そこで「持ちつ持たれつ」の言葉を

挙げました。

意味は“互いに助け合う様”と言うものですが ポイントは「互いに」です。

これはあくまでお母さんの考えだけど…と前置きし、

「持ちつ持たれつと言う言葉はね、

“持った(負担した)”人しか使ってはいけない言葉だと思うんだよね。互いに助け合っているから使える言葉であってね。

担わない、力を貸さない人が この発言をしたら“何もしないくせに、お前が言うな❗️”って多分周囲から反発喰らう事になると思う。

相手の大変さを理解した上で お互い様だよって手を貸す事を言うんだよ。」

と、話しました。


長女に伝えたかったのは 互いに助け合う関係を作って行く事の大事さでもあります。

それには普段から 自分も相手を助ける、フォローする必要があります。

時には損な役回りだってあるけど、後々自分が困った時に「お願い!

」と言いやすい雰囲気を作っていく

事が結局は自分を助ける術になるからです。


生活の中で“姉である”長女が妹の面倒を自然と見てくれているのは分かっています。

でも “姉”であるが故に有無を言わさず意見や要求を押し通している部分も多々見受けられます。

長女も 相手が友達なら こんな「横着なやり方」をしない筈です。

ましてや今回の曜日変更は、長女からのお願いなんですから。


…と、話すと 長女は憮然としていましたが それ以上の文句は言いませんでした。

そこで以前から思っていた提案をしました。

中学生になった事により、今の時間帯では習い事を続けるのは難しいと思う。

そこで

⑴ 級も取得した事だし、書道を辞めて他の事に時間を使う。


⑵ 遅い時間帯に変更できるか聞いてみる。

を、挙げました。

 

私としては長女も中学に入学してから生活が変わり普段の時間もかなりタイトなものになりましたし、そろそろ他の事にウェイトを置く時期が来たなと思っていたのです。

しばらくは 曜日交代で様子を見ていましたが、もう書道そのものを辞めても良いと思っています。


長女の出した答えは「続けたい」でした。もっと書道が上手くなりたい

、自分にとってリラックス出来る時間でもあるから、と。

その為に遅い時間帯であったり、幾つかが重なっても頑張るそうです。

それならば 書道の先生に相談してみようねと言う話になりました。


今、長女は思春期の反抗期の面倒くさーい時期を迎えています。

親は見守り態勢で乗り越えたい所ですが、随所で「対処の仕方」を伝えるべきだと考えています。

今回は姉と言う名の権力を使い、(まぁ、甘えですね(^_^;))助け合う関係性を構築する手間を何度も惜しんでいるので、親として「カマした」訳です。


ただ 力加減が本当、難しいんですよね〜  正しいだけでは 相手に伝らないですし。

元々難しい長女には これからも何かと大変そうです。

母も模索中です…(−_−;)





評価の判断材料

嬉しい事があったら共に喜びたい。

悲しい事があった時は分かちあいたい。

私は 自分の親しい人とそれらを共有したいと言う思いが強いです。

(面倒くさいとお思いでしょう(^_^;))

普段の生活でも感じた事や、思い出話、夢に見た内容まで子供と良く話しています。


夫とはここ数ヶ月、ようやく世間話ができる位になりました(私としてはです。)

それでも言いたい事が殆ど言えず、言葉もたどだどしく、語尾は尻切れトンボの様に終わってしまいます。

普段のお喋りな私は一体何処に行っちゃったのだろう?と不思議な気持ちにすらなります。

でも今の私は 夫とあまり話したくありません。

共有したいとも思わなくなりました。


それは 多分 常に一方的に評価されたり批判され続けて来たので、相手にもう余分な情報を与えたくないと感じているからでしょう。

しかも、その判断の基準が一般的な物ではなく 相手の考えや機嫌に寄って決まるのも重要なポイントです。

つまり、その「人」次第って事。

一つの出来事を どう捉えるのか、どう転ぶかをこちらは予測出来なきないのです。

批判される方としては非常に不利と言えます。


例えば参観日。

子供の成長を間近で見られる良い機会だと思いますが、残念ながら我が家では そんな感慨に耽る時間にはなりません。

幼稚園の頃は製作が多かったのですが 「先生の話が聞けていない。」

「あのハサミの使い方は何だ。」「

次の工程が分かってないんだ、だから作業が遅れてるんだよ。」と夫は子供の行動に逐一文句をつけていました。

子供の頑張りを笑顔で見守るご家族の中にあって、何で…。

横にいると本当に暗〜い気持ちになりました。

他の人に遅れるのは、出来ていないからだ❗️先生は迷惑な子だと思っているぞ❗️

と帰宅後にお説教が待っているからです。

本音を言えば私だって子供が苦手とする部分は目に付くけども…  

普段の様子や このクラスが本人にとって、どんな場所なのか知る事が出来る機会なのに。

こんな調子で発表会や運動会などの楽しい思い出のイベントも、子供達の行動チェックに早変わり…。


だから 子供達は行事に夫が来るのを嫌がる様になりました。

小学校に上がると、行事等の日程もそれとなく言わなくなりました。

(会話の中で行事の内容をざっくりと知らせてはいます。)


そして、私もいつしか夫に子供達の

トラブルや問題については話さなくなりました。

本来は夫婦で絶対に共有すべき情報であるはずのものですが悩みへの共感や解決を求めているのに対し、

私の取った行動(対応)が正しかったかを批評して行かれるからです。

夫は意見(指示)のみをザーッと言うだけで 自分が行動を起こす訳ではないんですよね。

しかも根底には「子供の問題の要因は母親の資質に問題があるからだ。

と言う考えを持たれていると知っていたら わざわざ話をしようとは思わないでしょう。

もう私は、自分や子供の日常を評価されたくないと思っていました。


これ、家庭の中で私だけかと思っていましたが、最近子供達も同じ様に感じているんだなと気付きました。


先日、中学生のりーさんが描いたポスターが地域にある施設に貼り出されました。

授業で描いた物で、学年から数名が選ばれたそうです。喜ばしい事ですよね❗️

娘りーも喜んではいましたが、私がじゃあ家族で見に行こうよと言うと

真顔で「言わないで。お父さんには知られたくない。絶対言って欲しくない。」と答えました。

素晴らしい事なのに、どうして?

お父さん喜ぶよ、褒めてくれるよ!と話したのですが

そんな事ないよ。お父さんは この絵が本当に選ばれたの?もっとここは丁寧に塗らないととか色の工夫が足りない。とか色々言われるに決まっているよ。

だから、知られたくない。

娘は言わないでを繰り返しました。


単純にアドバイスと言う名のケチを付けられたくないのと、一所懸命に

創り上げた作品の世界を守りたいと言う 描き手のささやかな抵抗でもあったのだろうと思いました。


娘は『良い事』なのに何故、夫に伝える事を頑なに拒んだのでしょうか

。それは、悪い事だけでなく、良い事も評価の判断材料にされるからです。

批評されるって言うのは、しんどいものです。

それも会社や学校などの外の世界な

らともかく、ここは家庭です。

失敗しても許し、許される場でなければ ただの息苦しい囲いでしかありません。

上がり下がりするグラフに安心は宿りません。


そもそも親だけではないはずですよね?

親だって子供に評価されているはずです。だとしたら、どうなんだろう?

私は…怖くて聞けませんけどね。

やっぱり、家族内の評価は私には

必要ありません。




娘の口撃

私の記憶が正しければ、長女りーのイヤイヤは一歳半年頃から始まりました。

魔の二歳児とか三歳児、なんて話を聞くと「うちは早くて〜」なんて困りながら話したもんです。

以降 嫌々の時期は 中学一年の今日まで継続中です。


え。それ性格なんじゃないの?

もしくは 特性なんじゃないの〜??


…かもしれないけど、そうじゃないのかもしれない。

原因は分かりませんし、私としてももうどっちだっていいのですけど。

日常生活を共にする家族としては、対策とか対応の方がよっぽど重要です。


そして現在、中一の娘の態度や言葉のマズさは更に激化しているのですね〜

「反抗期」=思春期の特権と勘違いしている節があって、態度や発言をたしなめると

「はい、ごめんなさいねー(棒読み)

私  今、反抗期なんで。」と返す訳です。

すごくイラッとします(−_−#)


しかもこの態度は私ときょうだいのみにしかしません。 

発言や態度のマズさは無意識で出ていますが、この返しを夫には絶対しないし(面倒を避ける為)

学校では 長女はどちらかと言うと、ずっと優等生タイプでいるので 

まぁ甘えているんだろうな、分かりやすい反抗だとは思うけど。


思うけど❗️やっぱりムカつきますっ。

多分向こうも、良く分からないものに対してムカついているんでしょうけれどね。

長女は元々拗らせると 長く引きずり、尚且つ その後甘え出す面倒くさいタイプなんですよ。

毒を吐いて 叱られ反省し、甘え出すのは ようはデトックス的な行為でありスッキリしたと言う事。

ただ 本人はスッキリしても 毒に当てられる周囲はたまりません。

文字通り言葉によって攻撃、いえ口撃を受けるのですから。

きょうだいにも 八つ当たり気味に喧嘩を吹っかけてくるので揉め事の仲裁が普段から絶えないのも問題です 。


うまく周囲に甘えられず拗らせ女子の長女りー。

それがまた 私の幼い頃にそっくりで(^_^;) これが本当の近親憎悪?


多分母も  私の扱いが大変だったのは想像がつきますが、それでも まだ対応に関しては、私のが幾らかマシなんじゃないかな〜とは思います。

なぜなら 原因を「性格」に求め過ぎないから。


気質は生まれ持ったもので、本人以外の他人が変えるなんて難しいのだと知っているといないとでは随分違うと思います。

ここに重点を置き過ぎると

「私(親)の言う事を聞いていないのか?馬鹿にしてるのか?」 

のようにも取れてしまいます。


だから私が許容範囲が広いのではなく、別の面から考えられる視点を持つ機会があったと言うだけ。

それでも ヤラかします。ガンガン怒鳴ったりもします。


昨夜も寒くなってきたからと、制服の下にきるアンダーウェアを用意したのです。

長女の学校では 防寒着としてコート、制服の下にはトレーナー及びセーター、ベストの着用が許されています。

これらを着るにはまだ早いかな?と

思い アンダーウェア(肌着、下着として)用意したんですが…

「私、着ないから!」と長女は言いはりました。


その理由がおかしなもので、制服について書かれた説明には アンダーウェアOKとは書かれていないからとの事でした。

寒いならセーターとかじゃなければダメだと。

お母さん分かってないくせに❗️と。

激しく抵抗。何故(T . T)


私はもっと寒くなればセーターやコート類の防寒着を用意する考えがある事、アンダーウェアに関しては下着扱いなので着る、着ないは自由だから記述がないのだと伝えました。

大人だとセーターなどの毛糸素材を肌に直に着る人はあまりいない。

チクチクして痒かったりするから。

これは経験から知る事で  わざわざ書くようなものでもないという事

。(ちなみに長女は感覚過敏で首元に

当たるのを嫌がります。)


ここまで説明すると、どうやら母の言い分が正しいのかも?と理解したようでした。

でも 引っ込みが付かなくなり 形成不利になったと感じた長女は一転、理由を次々と言い始めました。


セーラーの襟元から見えるから。

首がギュッとなるから。

「アンダーウェアはVネックだよ」

Vの所が寒いから!

「セーラー服の作りは そこまでくくれてないよね?」

まぁ、次々答えて行くわけですよ。

最終的には、

私だってアンダーウェアがどういう物かって最初から知っていたもん!お母さんが勝手に話し出すからじゃない。

…と言い始めました。疲れてきた私は 

「アンダーウェアに関しては着るも着ないも、好きにすればいいよ。

中学校の事は詳しくないから、お母さんも色々なママに教えて貰ってるんだよ。

あんたが それでもお母さんは分かっていないと言うなら お友達に聞いてみたら?どんなのならいいのか。

金額の折り合いつけば 買ってもいいんだし。と伝えました。


そして、それとは別で 気になる態度として 話の入り口で相手を締め出すはやめて欲しいとも伝えました。

まず 話を聞かなければ その後の判断をする事も出来ないのだからね。 

受け入れるも、反発するもその後の事だよと。


それから言い争っても 家族だし話が終われば 元に戻るとしても

親だから、家族だからと失礼な態度を取ってもいい理由にはならないのだよと。

親しき仲にも礼儀あり。 


私はその後、長女を軽く無視してしまいました。

いつもなら空気を変える為に、わざと普通に振る舞うのに。

それも「お母さん怒っていたのに、しばらくすると ふざけてる〜」なんて言われたから。

娘よ、わざとやってるんですよ…(-。-;


思春期はかわす技術が必要になるらしいけど…

あぁ、その壁は私には とても高いです。


















洗濯物に関する無限ループ。

久々に晴れました。

張り切って洗濯物三杯洗いました!

干すところに困っています。

明日から また雨が続くようです。


前回、洗濯物の生乾きの匂いに対し

「私の洗濯の仕方が悪いのでは」と夫から言われた事について書きました。 

やり方によっては 多少抑える事が可能かもしれさませんが、

生乾きの匂いは自然発生するものだと思います。


ちなみに生乾きは雨が頻繁に降っていたり、梅雨の時期に良く起こる問題ですけれど 夫の不満はそれだけではありません。

服が匂うのだそうです。

しっかりと乾いた服なのに、汗をかくとイヤ〜な匂いがする、と。

手拭きなどのタオルでもありますよね?

何度も使うと水分を含んで雑菌が増えて 悪臭を放ちます。

そんなので顔を拭くと最悪ですよね〜❗️か、顔がクサイ(T ^ T)


あれと同じ現象が、着ている服に起きるんだそう。

しかも身に着けている訳だから、動けど止まれど匂いが離れず苦痛だと…。

確かにずっとあの匂いに付きまとわれては気の毒ではあります、が。

→「洗濯が下手」が原因にはなるまいと言うのが私の言い分です。

ちなみに、夫はキツイ芳香剤の匂いが苦手だそうなので 良くある「香りつき柔軟剤」等は使用できません。

その気持ちは分かるけど 我が家にこそ必要なのでは〜??


普段我が家では、天気が良ければ

洗濯物はベランダに干しています。

その場所でも陽が最もよく当たる

前面の竿に夫の服、もしくは厚手の物を干すようにしています。

つまり何より夫の物を優先しているのです。

もう陽光独占です!!!(ちょっと盛りました(^_^;))


夏なんてカラッカラまで干しますが「汗かいて〜etc」の文句を聞くのは、同じ夏なんです。

もちろん散々洗濯用洗剤を試しました。でもダメで。

ネットを見たり、親にも聞いてみたり。

一度  昔、私の実家に泊まった際に

私の母が 夫のポロシャツをワイドハイターを薄めた水(バケツ)に一晩つけ、洗濯機で洗う方法で洗濯をしてくれましたが 夫曰く「やはり臭う」と。

この方法、ネットでも見かけましたし 母も大体これで匂わないよと言う

方法だそうですが、うちでは残念ながら効果はありませんでした。

一度こうなってしまうと、水分を含む度に匂うものらしいです。


ここまで来て考えられるのは。


夫自身です。


ポロシャツを直に着ているからじゃないの?

肌着やTシャツ着たら?

何度も夫にぶつけました。汗をダイレクトに吸い込めば そら匂うって!

でも 夫は「暑いから」を理由に拒んでいましたが、数年前から夏には薄手のシャツを着てから ポロシャツを着るようになりました。

よっぽど臭かったんだろうな。


まぁ、服の着方にも多少問題があっ

たと思いますが それだけではなく。

夫は夏には汗をかくので着替えもかかしません。

清潔なのに、匂うのは年齢に寄る所も多いに関係していると思われます

。汗を良くかくのは子供も同じですが 乾かした洗濯物が臭うなんて、ありませんでしたから。

「洗っても臭い」みたいな。

年齢を重ねて汗の匂いが変わってきているんじゃないかな。

科学的根拠に乏しいのですが、そんな話をチラホラ耳にします。

「夫が入ったお風呂、匂いが何か違うんだけど。」などなど。


中高生男子も相当匂うけど、また違う匂いな訳です。

義母にも同じように相談したら「え〜、何で?うちでは洗濯物が匂うなんて無かったよ?」と後日 消臭ビーズ入りの洗剤を頂きました。

「これで大丈夫だから、一度使ってみて〜」と。

うん… コレ、使いましたが効きませんでしたよ?

義母さんの中で、夫は高校生の頃のままで止まっているのかしら。


それとも、私が洗濯…下手?

って、洗濯に下手って何だ?


あ、無限ループに入りそうです。

洗濯機並みの。







妻への不満は生乾きの匂い

雨続きです。もう連日の事なので洗濯物がちっとも乾かず、暖簾の様にかかっています。

洗うものは毎日出るけど、乾かす場所がない…

季節外れの扇風機をフル活動してもカラッと行かないのが悲しい(T . T)

フニッと湿った感触が更にやるせなくします。


そして何と言っても気になるのが生乾きの匂いです。

せっかく洗って綺麗になったはずなのに、あのイヤ〜な匂いがすると一気に凹みます。

この問題を憂鬱に思うの私だけではないはずですよね?

そうじゃなかければ、世の中に「部屋干し」の冠がついた洗剤に溢れている理由が見つからない❗️


きっと、きっとね。主婦には切実な悩みだと思うんですよ〜

こう言った問題の矛先は「主に家事をする人」に向かうからです。


「ね〜 なんか臭いんだけど。どうなってんの?」

➡︎水分があると菌が繁殖するんです。

「本当に洗ったの〜?ちゃんと洗えてないんじゃないの?」

➡︎ええ、洗いました。洗濯物に残る水分や 部屋干しをすると部屋の温度は下がり、湿度が高くなるので菌が繁殖するって言う寸法です。


…とQ&A的な不毛なやり取りが交わされる事になっていると思うのです。

でも原因を理解されていても

「あ〜そっか。なるほどね☆」と

相手の納得、あるいは怒りの矛先から逃れられる訳じゃないのがね…。

(え、これ我が家だけかしら??)

私は夫から「 洗濯が下手なんだよ」って言われましたよ?


洗濯物において失敗とは、例えば色

の濃い物や柄物などと 白い服を一緒に洗い色移りしてしまうとか セーターの洗い方を間違えて縮ませてしまったとか… そう言った類いだと思われます。

私は意外とそう言った失敗は少ないのです。

それでもって「洗濯が下手」って何だ???

洗濯に下手ってあるの?

生乾きは自然現象じゃないのかな。

私の手によって生み出されている悪行になっているのだろうか…。


解決方法として熱湯消毒すると良いそうです。はい、夫からのアドバイスです。

乾いていると思っていても、仕事中に汗をかくと また匂いを発するそうで、とてもじゃないけど着られないそうなので。

時折夫のポロシャツを大鍋でグツグツ煮ます。

分かりました。ハイ、分かりました。と言って。

思っている程手間ではありません。でも、面倒です。


お察しの通り、夫の服のみしています。

この点はまた次回にでも触れたい問題ではありますが つまり、洗濯物において私(妻)に対して不満を漏らすのは夫だからです。

洗いあがったら なるべく早く干すようにするなどの対処も大事だと思います。

エアコンと扇風機のダブル使いで乾かすのも必要です。

ただ、洗濯物を優先するあまり 一日中 子供達が過ごすリビングでそれを

した所 子供は風邪を引き 熱を出してしまった事も。

(私は 人がリビングにいる日はやめようと言いましたが聞いて貰えず、夫は決行し 熱を出した子供は体が弱いと叱られました。え〜(−_−;))

何事も程々が良いと言う事です。


夫が「む、臭うな。」と感じる時、

子供も私も同じ様に感じているのです。

ただ 匂いに対して不愉快に感じているだけで、誰かに対して向ける事でもないよねって思っている。

意見が素直な感想であったり、対処していく為の問題提起であったりするのは構わないのですけど、行なった人へのただの文句にされちゃ困る(と言うか、私は嫌だ。)のです。

子供もね、

「まだちょっと湿ってる〜」

「なんか ちょっと臭い〜」とは言いますけど、それをお母さんのせい❗️とは思っていないと思います。

香付きの柔軟剤のCMが幅を利かせる昨今、それくらい子供だって分かるでしょう。

そして 夫は、香りがキツイと柔軟剤等を嫌がるので我が家では使えません。


普段上手に?干しても感謝もされなくて、上手く出来ないと文句を言われる。

何でだよー!同じ事やってるじゃん!と嘆く私に今日も涙雨が降る。

「強者」故の苦悩

秋でーす。行事が多いでーす。

このくだり…最近多いですね(^_^;)


先日あった中学校の体育祭(我が家では初)は今までの 皆んなで楽しむ運動会とは若干違いまさに競技でした。

「競う➕クラスの団結力を高める」

みたいな。

我が家の長女は一年生でしたので

三年生の残り少ない貴重な思い出作りや 、受験がなく楽しくて仕方ない二年生のような 盛り上がりではありませんでしたが 競技に真剣に挑み、

皆でクラスの戦果に一喜一憂し、白熱しているなど中々見所がたくさんありました。

私としても、知っている子が出場していると クラス対抗など忘れ つい、応援してしまったりして。


中でも盛り上がったのが、やはり三年生のクラス対抗リレーでした。

花形競技ですし、何と言っても、中学最後ですからね❗️

そして得点が加味される、最終種目になっています。

みんなの興味が集中するはずです。

その盛り上がりは、他学年の保護者の私にまで リレー選手やアンカーの生徒さんの前評判とかも聞こえてきちゃう位です。

しかも、仲良しママの息子さんもリレーメンバーだそうで。

「あんなに幼かったあの子がね…。

」育ててもいないのに感無量です。

(こーゆーの 母たちにはよくある事です。)


ただ、気がかりだったのは。

その息子さん「ヨシミチ君」は足を痛めていたのです。

バリバリの体育会系の彼は 今年の夏に部活を引退しました。

数ヶ月運動不足の状態に体育祭の練習が始まり、肉ばなれをおこしてしまったそうです。

そして やっと治りかけた所で リレーの練習でまた振り返してしまった。

医師からは「医師の立場では勧めませんけど、本人次第かな…。」との事です。

もちろんヨシミチ君の希望は走る事です。


体育祭を控えている時にその話を聞いていた私は思わず

「う〜ん、出させてあげたいけど

微妙だよねぇ。」と言ってしまいました。

ママも「そうなんだよね…」と返しました。

リレーのメンバーに選ばれる事は名誉でもあるし、きっと中学での良い思い出になるでしょう。

でも遅かったり、転ぶなどしたらクラスに迷惑になるかもしれない。

それが原因で友達関係がまずくなったら…

ママの胸中は複雑そうでした。

「それにね。」

何と、体育祭を目前にして三年生は怪我人続出していたそうです。

通っている整体外科で同じクラスの

子だけでも三人会ったと。

久々の運動に体がついていかないんですって。

中には骨にヒビが入っている子もいるとかで(しかも大役のアンカー!!)

それでも走るのだと言う。

肉ばなれごときで出場しないなんてとても言いづらい雰囲気なんだとか

…。

「まぁ本人は走るつもりだし、最悪

足を更に痛めても(歩行困難になるなどは無さそうなので) これからあるのは文化祭や受験勉強のみだからね。

静養して行ければいいからさぁ。」

と、ママは言い

「あとは… 私が毎日学校や塾の送り迎えをしなきゃならないのは勘弁だよね。」力なく付け加えるのでした。

送り迎えの手間を厭う訳ではなく

仕事を持っているので時間調整をするには 自分の都合のみで動けない、

そういう理由です。


当日は心配していた転倒もなく、ヨシミチ君は見事に走り抜き クラスは

二位になりました。見事でした❗️


その後 やはりと言うか、当然と言うか… ヨシミチ君含む数人が 共に肩を組んでヨロヨロと救護室に向かう姿を見送りました。

その他にも担架で運ばれる子、鼻血を出す子、泣いている子を見かけました。

体格も良くなり、意地もプライドも入り混じる。中学生の体育祭はハードですね…。

舞台裏ではこんなんですが、グラウンドは 爽やかに盛り上がっているんですけどね(^_^;)


走り抜いたヨシミチ君も凄かったけど、アンカーの彼も立派だと思いました。

アンカーを務めた彼は 運動が良く出来ると校内でも目立っている存在だそうです。

彼は彼で、走る事だけでなく きっと 勝つことも皆に期待されている訳です。

例え負けたり、転んだりしても 誰も責めないと思うんですよ。

だけど、彼は自分を許せるかなあとも思うのです。

だって多分、彼は自分でも この学校において運動では「強者」と言う立場を分かっているだろうから。

そう言った自負がある人は、勝つ事の期待も背負う必要があると思っています。

うちの子供達は全員、走るのは早いけれど 運動全般は得意とはいきません。身体のイメージが出来ていないが故です。

運動弱者には縁のない苦悩があるのでしょう。


昔、同じ様に知り合いのお子さんで

クラブチームに所属し、校内でもかなり目立った「強者」がいました。

リレーでも 当然アンカーを務めて 

1番になり、みんな「さすが〜」と騒いでいました。

でも その子のママさんが運動会が終わった後「無事終わって良かった

よ。」とぽつりと言ったのです。

実は すごく小心者でプレッシャーに弱く 勝てるかと、皆の期待に答えられるかと心配していたそうです。

普段は強気な言動の多く、そんな不安をおくびにも出さない男の子でしたが 繊細な心の持ち主だったのですね。

私はその話を聞いて、彼が好きになりましたね!


強者は強者なりの覚悟や苦悩を持っているのです。

悠々と走ったり、跳んだりしている様に見えても 楽々ではないのです。


それをうちの子供達に分かって貰えるかなぁ。

でも その前に、怪我だけはしないようにねって やっぱり言うかな。