…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

衰えの受け止め方

急に更年期と思われる症状がやってきました。

昨年辺りから目のピントが合わなくなってきて

「わ〜 老眼来た、コレ?」

と思っていたんですが、先月になって複数の症状が起き始めたんです。


私の場合はめまい、頭痛、膨満感、

倦怠感で何故か午前中に強く感じるんです。(そういうもの?)


痛みも激痛ではなくて鈍いもので

軽い方なのかもしれませんが これが地味にしんどい。


30代後半になると スッキリ目覚められる日なんかなかったし、

そもそも家庭不和で 過度のストレスがかかっている状態が数年続いていたので原因はこれかも なんて放置していたんですが もうバカらしくなってきまして。

不快な状態をこれ以上我慢するのをやめる為、日々気をつける事にしました。

自暴自棄になっても何にもいい事はないから。(自分が辛いだけです)


現在は漢方薬を飲み、水分や豆乳を積極的に摂り体調を整えています。

長〜く付き合って行く感じでね!

( ´ ▽ ` )


いつから更年期になったのかは分かりませんが、近年 日常で体が重く感じ始め 明らかに体力が落ちて来たなと不調を感じていました。

しっかり寝ても翌朝疲れが取れていなかったり。


高齢に差し掛かった親ではなく、自分の衰えを実感するのです。


あーー しんどくなってきたな。

ん?上手い事出来なくなってきたな。

とそう感じる場面が多々出てくるんですよ。


例えば ちょっとした裁縫をする際でも、針に糸を通せないとかね。

私は不器用なんで、糸通しを素直に使う派なんですが それでもこの頃は穴すら見えにくいんです。

空に糸通しを指す、ちょっとマヌケさ。


昔は私もおばあちゃんの手伝いで

糸を通したな…と思い出しつつ

もはや私も子供達にお願いをするポジションにいました(^^;;


こうなってくると、今まで難なく出来ていた事が ちょと骨を折る作業になってきた事を どう受け止めるかで この後の自分が違ってくるんじゃないのかなとふと思うのです。


体の「老化」は完全に意思とは別物で 本人の気合いや頑張りでどうなるもんじゃない。

これは他の誰かの助けが時には必要な状況になったと言う事なんです。


この変化を向かえた時にショックを受けつつも、素直に

「手伝ってくれませんか?」

と乞う事と 

「ありがとうございます。」

「助かります!」

と、相手に感謝が出来る人は 多分

その後の長い人生を 何とか他者と歩んでいけるだろうなぁと私は思います。


そして出来ない人は大変な状況になるだろうな、とも。

もしくは その周囲の人が大変な思いをするかです。


高齢の方でも 変に威張っていたり、優位に立ちたがる方はどこにでも必ずいらっしゃいます。

お話しをすると会社や組織で上の立場であったり、経営者だったとか 地位や学歴がある方に多いです。


衰えは認めていても その穴埋めは

他者がすればいいだけと考えているようです。

「して貰う(奉仕)」は当然だから 

もちろん感謝はありません。


今まで出来ていた事(現在の不足分)の担い手を他者にスライドするだけですから ご自分のプライドは守られるのです。

不備や不満は相手に打つければいい。


たまに ものすごく当たり散らしている方をお見かけしませんか?

周囲の家族や介護士さんに罵声を浴びせている方とか。


身内ではないですが 私の周囲に

上記のような方がいて、そばで聞いていると すごく苦しくなります。


「あれしろ、これやれ、もっと上手くやれないのか!」


あんな事を言う人にはなりたくない。

そしてあんな風に言われるのも嫌だと思います。


でも 重要なのは、あの目に余る態度は今に始まった事とは疑わしいと言う点です。

私が知る多数の方は 以前から兆候がありましたから。

それでも それが当たり前だった時代でもあったり、家族の在り方だったりと 一概に否定できるものでもないとも思う。


歳をとると頑固になる、偏屈になる

と耳にする一方で 大病をしたり、連れ合いを亡くした事をきっかに、周囲と良い関係を築いている方もいるのも事実です。

きっかけは何処にでもあるのかもしれません。


誰でも老います。一人で生きてはいけません。

誰かの手を借り生きていきます。

大金を払い、施設に入ったとしても

それは変わりません。


私は当たり散らす人にも、我慢を強いらるのも嫌だ。

今をしっかり生きて、出来る事はして、出来ない事を助けて貰いながら

この先をやっていきたい‼️

それぐらいは大きな声でいいたい。




あんまり深く考えないで

先日 母と買い物に行きました。

父の法要のお返しを選びにきょうだい全員揃って。

私は珍しくワクワクしていました。

何故なら 私は家族みんなでお出かけする機会が滅多になかったからです。


我が家は自営業だったので、両親の休みは週一日でした。

普段から忙しい母は まとめ家事をし、父は出不精ゆえに休日は休養日に徹していました。


なので、私はこの世の中でありふれる親子でウィンドーショッピングをした事が殆どなかったんです。

まぁ 私は親が苦手だったから 別にそれで良かったんですが…。


でも ちょっと憧れはあったんですよね〜(●´ω`●)

「これなんかど〜お?」

「あ、似合う。似合う。」

親子でキャッキャと見立て合うみたいな??


それに、もう私は大人なんで!

時の流れがきっと 母との時間を楽しくしてくれるはず。

淡い期待もあったんです、が。


結果は…

めちゃめちゃ 母にイラつきました。



用事を終えた私たちは、母が近々予定している旅行用の服を一緒に探していたんですけど、

ま〜〜 言っている事がコロッコロッと変わるんです。


母としてはシャツワンピース(を前開けして羽織りに使うつもりでいたらしい)

が欲しかったようですがあいにく時期がズレてしまったらしく、代わりになる服がなかなか見つかりません。


姉と私は なるべく母が望むイメージに近い物を 一生懸命チョイスして

プレゼンするのですが その断り方が雑過ぎて。


お尻が隠れる丈と言っていたのに

「あー これだと背が小さく見えるしね。」


落ち着いた色がいいと言うから

黒をチョイスするも

「いいんだけど 中に着るのが黒だから、カブっちゃうのはねぇ。」


…( ̄◇ ̄;)

そんなん知らないわっ!!って心の中でツッコんだり。


明るい色を探せば「違う。」


それじゃ おばあさんのだよね。

ちょっといかんなー

カチッとしすぎ。

太って見えるでしょ。

こーいうのじゃないんだわ。

お母さんには若すぎるって言うか。

それはダメ。

思っているのとはちょっと…。


この不毛なやり取りが延々続きました。


女の人なので 選ぶのに時間がかかるのは分かります。

そして、今の今まで忘れていたけど私は 結婚前はずーーっと販売職をしていて 数時間単位の接客をこなしてきたのに ナニ?この我慢ならない腹立たしさ‼️


持ってくるもの、持ってくるもの

バッサリ切り捨てるんです。 

 

いえいえ、私はですね。

急ぎでなければ別に今 購入する必要もないと思っていますし、私チョイスを選ばなくとも全然構わないのです。


多分、私がムカついている原因は

母が頭から私の話を聞こうとしない所なんです。

もう最初っから 否定から入る癖が 

母はどーにも抜けてないなって。


大人になって、時間も随分経っているのに 母の私の認識は昔とまるで変わっていないんだなって。


そして姉には対しては私へのそれとは違うのも分かる。


私が見立てた服を一蹴した後、たまたま同じ物を持ってきた姉に対して

「あら、それいいわね!」

と、返してましたもん。

「え?」って思いますよ、本当。

同じのじゃん。さっき見てなかったの?って。


内心すごくムカつくけど 、そんな事を指摘する程 私は子供でもありません。


因みに無意識でしょうけど、母は姉チョイスを断る時に

「悪いけど」とか「ごめんね〜」などの一言をつけたり語尾が丁寧で 否定をしないんです。

つまり相手へ配慮していると言う事です。

それが他のきょうだいにあって、私にはない。

軽い疎外感とぞんざいな扱いをされてるよねと言う寂しさ。


いい歳をした大人が何拗ねてんの?

きょうだいにヤキモチ焼いてるの?

と笑われるかもしれませんが 私の嫉妬だけではありません。

 

母の中では 私はいつまでも 母親が持て余した幼い頃のイメージのまま止まっているようなのです。


“何を考えているかよく分からなくて

自分の主張ばかりする扱いにくい子”


だから親である自分が それでは駄目だと 正してやる必要があるのだ

と言わんばかりの発言をされるのです。

現在、言い方だけは随分ソフトになりましたけどね。(^^;;


娘がつまづきながらも大人になり、他人と譲りながら上手くやって行けるように成長したとは思えないらしい。


私は 状況が違えど、母とのやり取りの結末が同じになる度に

「ハイハイ。この繰り返しなんだよね。」

「あー 今回はこう来たかぁ。」

と 毎度味わう既視感にガックリしてしまうのです。

これを後 何回繰り返すのかなぁと思って。


 母とはたいがい別れ際に たいがい軽い言い争いになるんです。

そうなると親孝行のつもりで会いに行っても、こちらも相当ダメージを受けるので また足が遠のいてしまう

悪循環に陥る。



親を大切に思っている。でも 一緒には住みたくない。

お互いがいい関係でいるために程よい距離が必要な親子なんだ、私たちは。


親を苦手と思う自分が、長い時間をかけて行き着いた素直な心境です。

それでも 未だ こんな風に傷ついて揺れています。

いい大人が情けない。


アレコレと 原因を探したり、出来ない理由を深く考えたりしないで

もう単純に「相性の問題」にしちゃってもいいんじゃないかと私は思います。


原因や 互いの性格や価値観は もう

変えようもないから

母との時間を気持ち良く過ごせるようにする方が大事な気がします。


会える回数が少ないから余計にそう思うのです。

想定をしてみる。

想像の範疇でもあるし、希望まじりの妄想をするのも何だか虚しいので

「タラレバ」を私はあんまり考えません。

※〜たら、〜ればなど仮定する話


事態が深刻化している人ほど、そう言う事を言わない気がします。

多分 そんな気力がないのかも(^◇^;)


だけど想定はするんですよ。結構冷静に。

妄想と違っているのは希望的観測が入らないところ。


私が今 想定してみたのは

『もし 私が体調を崩した場合、夫はどうするだろうか?』

です。

風邪で寝込むなどではなく、例えばガンやうつ病など 治療が長期に渡るもので身の周りのお世話を誰かにして貰う必要があるような。


しかも 私には3人のまだ小中学生の子供がいるのだから、家事以外にも手がかかる点も必須の状況である。


どうする?どうなる??


多分…夫は私の実母に 私の世話を任せるだろうと思います。

任せるより負わせるんだろうなぁ。


私の実家で揉めてから 夫が一方的に毛嫌いしている母に、夫婦仲が上手く行っていない私だもの。

そら、押し付けるだろうな。


夫は常識のある人で、社会的地位も

比較的高い職業に就いています。

だから面倒なので看ませんとは言わず きっと、もっともらしい理由を挙げて私を遠ざけるのだろうと考えます。


「僕は仕事もありますし、子供たちの面倒を見ますので そちらでameさん(私)の世話をしてやって下さい。」

とかなんとか。


夫としては 娘なんだから 世話はあなた達で看るのは当然だよね?

と 半ば本気で思っている事だろうから。


そして治療費などは 子供の手前もあるから多少払うだろうけど、実母にも負担させる形に持って行くのだろうな、とまで想像がつく。


はっきり言えば夫は

"私の世話をしながら 家事やって、子供たちを育てる”

が、出来ないのではなく《しない》

選択をするだろうと言う事です。


そう、しない。したくないから。

気持ちが離れていて、しかも見下している相手に労力や時間を費やす人ではないんです。

関係を再構築しようと思わない限りは。


夫は思いやりも常識も持っているけど、自分の考えが正しいと固く信じていて、上手く理論付けたらパッと手を放してしまえる人なんです。

気持ちよりも正論が優先。


あくまで仮定でしょ?と言われるかもしれませんが、

夫婦なので 相手の性格とか 発言や反応、今までの積み重ねられた時間や生活から導き出されるものに 大きく外れる事は そんなにないんじゃないなぁとも思います。


でも、逆に。

病に倒れたのが夫だった場合は?


私は 残念ながら夫をほっておけないと思います。

もう心が離れていたとしても。


大抵の妻は不仲だからと言って 割り切った考えで 夫を見捨てられないんでしょうね。

これは性格の問題だけでなく、妻と言う役割の意味合いが大きいんだと思います。

そして夫は、私には妻の役割なのだから当然だと自然に考えるでしょう。

親は高齢だとかの理由で頼むつもりもないだろう。


「家族だから」の理由で それこそ家計のために働き、子供の世話をしながら 夫の面倒を見るんだろうな…。 

夫の身内を頼る事はあっても丸投げするのは、本心とは別のところで、簡単には出来ない気がします。


もちろん世の中には、療養中の妻の世話をしつつ家事育児と仕事をこなす夫もいらっしゃるでしょうし、

妻の親族と助けあえる関係は 普段からのお付き合いの賜物だと思います。

病気の治療は受ける方も支える方もとても忍耐が必要な大仕事だから 互いに思いやる必要があるはずなんですけどね。


窮地の場にあって感謝の気持ちが持てず、いがみあっている間柄にとっては もう地獄でしかないって言うことなんです。


夫婦の仲が拗れてくると、老後をこの人と一緒に過ごせるだろうかと不安なります。

その不安夫側も同じだと思うんですが、何故か妻は不仲な夫の世話をするのかな、しないといけないんだろうな…

と 何故か相手に「する」方ばかり考えがちです。


でも そんな先の事でなく 今、自分が体を壊したら夫がどう動くかを「想定」してみるのもいいと思います。


想像はあくまで頭の中での話で

事実とは違うかもしれないし、予想を裏切ればそれはそれでまた別の局面を向かえるでしょう。


想定は あなたが見てきた夫から基づいて導き出した割合の多い答え。

それを自分がどう受け止めるかが問題なのかもしれません。










感情は塩味

時に感情は邪魔になる。


普段、私は感情って大事だよねと思っています。

その時々の感情は持て余しつつも、自分の中から湧き上がるものだから

ごくごく自然なものだと思う。

感情イコール自分くらいに。


変わりまして。

私の周囲は大抵 皆 大人なので 理屈とか目的は話せば通じますが 、それでも 人が複数でもいると中々物事が進まない時もあります。


常識があっても簡単には割り切れないのが「感情」

理解力があっても 上手く消化できないのも、また「感情」

なんですよねー。


いい人ばっかりの団体や集団であっても 誰と誰が軽く揉めているか、

話の持って行き方や配慮が必要かを考えるし フォローや間を取り持ったりもする。


物事を円滑に進める為にやってることなのに、何だか人の感情を追ってばかりいると 

当初の「目的」とか、やらなければいけない課題や作業が置いてけぼりになっちゃうんですよね…。


あれ?本末転倒?


家庭でも、親との関係でも、子供とでも PTAでも 子供会、職場、ママ友会 ボランティア

その他もろもろ…。


誰かの感情を優先するあまり、自分の感情はわきに置かれている気がします。

そして、それに疲れています。


“喜怒哀楽”

私自身が ものすごく感情的なタイプなので分かるんですが

人の感情の動きはやっかいで

場合によっては、とてつもないパワーが生み出される事もあります。

損得は度外視されていますからね。


だから たかが感情と侮ったり見過ごす事もしたくないんですが。


でも、時に感情は邪魔になる。


大切にしたいけど、忘れてはいけないのは 自分の感情以外は全て憶測によるもの。

誰の本当の気持ちなんて 外からじゃちっとも分からない。

察するにも限度がある。


それに自分の感情も不確かですよね。自分に嘘作ってあるから。

私なんか、まさにそれ。


今の私の感情は塩味。


効きすぎて辛いなら、物足りない位で 丁度いいかな。

察するや 読みも少し足りない位で丁度いい。


疲れはてたら動けなくなりますからね。



母の日は ずっと誰かの為の日だった。

2019年5月12日、母の日。


私は普段3人の子供の母をしています。

だけど母の日に祝って貰うのは自分だと思った事は正直ありません。


こんな風に言ってしまうと、母の日だからとカードをくれたりする子供たちにも悪いので口には出したりしませんけどね。


毎日毎日母であることを意識して

子供に対して思い悩んでいたり、

結構キツイ家庭環境に精神をヤラレてても 

「いやいや子供の為に我慢だよな

…(;_;)」

と 若干方向違いの努力をしているのも、多分私が母親だからだと思う。

自分の為だとしたら どっかでキレてこんな我慢が続くはずがない(^^;;


こんな風にもう十数年もの間 母をしているのに、毎年訪れる母の日が私にとって

“自分ではなく他の人、誰かの為に祝う日なんだよなぁ”

と思うのはおかしな話だと思います


「誰か」とは 私の母であり それから主に義母の事を指しています。


実母は もちろん子供の頃から感謝を伝える人として。

そして、結婚してからは実母よりも

感謝を伝える相手として「義母」が

現れました。


私の母は娘に、嫁として送り出す時に大事な事を教えてくれました。

『自分の親より、相手(旦那さん)の親を大事にする事。』

『贈りものは うちはいいから 向こうの親に贈りなさい。渡す時も 必ず彼方を優先する事。』

嫁が義両親を大事にすれば、婿さんも 自分の親を大事にしてくれるもんだよ、と。


その教えは 私も納得出来るものでしたし、義母は結婚して新しく増えた

もう一人の「お母さん」として、大切にしていこうと思い 実際、ずっとそうしてきました。


何も母の日だけでなく、義母の誕生日、敬老の日、子供たちの誕生日会

やクリスマスを一緒に過ごしたり

行事でなくとも食事に誘ったり 何か作って持って行ったり。

身の周りのお世話をする程ではありませんが、

徒歩5分内に住み、夫を亡くし一人暮らしの母を気遣って ずっとやって来たと思います。

(もちろん義母も 私たちを助けてくれています。)


夫は自分の母が苦手なのです。

それ以上に亡くなった父親は苦手だったそうです。

親子の相性もあるかもしれませんが、多分 義両親の教育方針やコントロールしがちな愛情が理由なんだろうな、と思います。


それ故 結婚当初 夫からも 自分の母には 妻である私が接して欲しい。(良くしてやって欲しい)

君(私)の両親には 俺が接して行くから。とも言われていました。


奇しくも実母の同じ内容では ありますが当然だと思いました。


誰だって、配偶者には自分の親や家族を大切にして欲しいものです。

仲が良くても、悪くても 家族は自分に脈々と繋がっている根っこのような存在ですからね。

悪く言われたり、扱われたら自分も

同じようにそうされた感じがして 

ものすごく苦しくなる。


私は義母に。夫は私の両親に。

べったりとした付き合いではありませんが 数年の間、私達はとても上手く行っていたと思います。


その内…。

親の記念日や贈り物などに元々関心がない夫は、自分から何もしなくなりました。


義母を食事に誘うのも、子供の誕生日会を企画し 食事を用意するのも

お土産を買うのも…。

敬老の日のプレゼントも全部、私。


嫁はそう言った役回りなのかもしれないけど 何だかな〜と思っていました。

何故かと言えば、夫が私の両親に対して行動してくれたのは ほんの数年の事で、その内 何も言わなくもなったのです。


それでも私は 夫が両親を気遣っているかのように振る舞って

「夫くんから。」

と、贈り物などを届けるようにしていました。

私の両親に夫を悪く思われたくなかったからだと思います。


因みに 義母にも何らかのお祝いや贈り物をする時は

「夫さんからです。夫さんがお祝いをしようと言われたんです。」

と必ず言っています。

夫を立てる為なのと、相手に遠慮されないようにです。


自分の息子がこう言った事にまるで興味がなく、お金の使い方として無駄だと思う性格だと 義母は知っているだろうに。


そうだとしても 毎年、母の日が近づく度に私は

「どうしよう。」と頭を悩ますのでした。


すき焼きを作る?ちらし寿司を届けようか。

外食に誘うとか。じゃあどこか予約しないと。

あぁ、この日は子供の試合だった。

翌日にズラしても町内会の打ち合わせが午後からだ……。


気だけでなく、相当のお金だって、時間のやり繰りだって、手間だって遣うのです。


更には自分の親へも“婿さんから”の贈り物などを選んで、買いに行ったりもしている。


私が悲しいなぁと思うのは

義母の為にと母の日の準備をしているのに夫からは

「君のお母さんには 何もしなくていいの?」

と すら聞かれもしない事。


夫が 私の両親に 私と離婚するつもりだ、と文句を10時間も話し続けて揉め事を起こした ずっと ずっと前から そうだった。


私には 義母さん以外にも、本当のお母さんがいるんだよ?

口には出さないけど いつも思う。


実母と私は相性が合わなくとも 私にとっては当たり前だけど「お母さん」なのです。


こうやって 夫からお前は「嘘つき」と言われている私は

義母や親に 一生懸命取り繕って、心配をかけないように何年もやってきました。

なんか… もう十分頑張ったんじゃないかなぁと思います。


母の日は いつも大変だった。

自分が労われたり、祝われる日だなんて思った事はない。


でも 子供の頰の柔らかさや温かさはちゃんと感じています。

子供の時間は確実に流れている

2019年GWの初日の朝。

こんな連休開始に?と不思議に思う私をよそに、息子は初部活へと出かけて行きました。


息子は中学一年生。

進級とは違い、入学って人生でもかなり大きな出来事だと私は思っています。


小学校6年間、ほぼ変わらないメンバーと過ごしていたのに  我が地域の中学は 田舎のため三校の小学校から 一箇所の中学に生徒が集まるのです。


倍に増えた組数に、雰囲気の違うクラスメート。勝手の違う学校生活。

期待よりも不安の方が大きい、大きいΣ(・□・;)❗️


大丈夫かなぁ。緊張しいの息子は上手く馴染めるのかなぁ??

と、誰もが新生活の洗礼を受けるものとは思いつつ…

やっぱり私は若干心配でした。


それでも息子は淡々と 慣れない制服を着て、岩の様なバカでかいリュックを背負って登校し、迷いながら校内を歩いて、新しいクラスで学んでいる。


訳の分からない数学の教科書すら

いつの間にか 息子にとっては「日常」になっていました。


他のきょうだい達もそれは同じで 

新しいクラスも先生も生活にも 

有り難い事に適応していました。


親である私ときたら、子供たちの迎えた 新しい環境に慣れるまでに 頭の中の不安を思い、戦うので精一杯だと言うのに。

私がこの場で足踏みしている間にも

子供は不安でも体ごと ぶつかって行ってるんですね。


あ〜〜 

子供たちは もう新しい時間を生きてるんだなぁと思いましたよ。

1日は24時間。

でも 私と子供とでは 進むスピードが違うように感じます。

母は遅れをとっています。



子供と私 = 母と私。

普段は子供達の母親をしている私ですが、同時に娘でもあります。

父は昨年亡くなりましたが、母が存命していますので 今尚「娘」続行中なわけです。


片道1時間程に住んでいる、母と私は

仲は悪くないけのだけど「気が合わない」と言う間柄で、それでも 互いの心配をしている…

ちょっと関係が歪で複雑なんです。

長時間一緒にいると段々言い争いになって行くって言うね。


私は幼い頃から反抗的で、育てにくい子供でした。

中2の長女は自他と共に認める

《割と面倒くさいタイプ》の性格なのですが、それをもーーっとキツくしたのが 子供時代の私。


なんと言いますか 根性の入った面倒くささ?

思い込んだら意地でも テコでも動かない、みたいな頑固さを持っていました。

今から思いますと、発達障がいの絡んだ こだわりの特性がそうさせていたのかもしれませんが 

原因がそこにあったのかどうかは

本当に今更なので どちらでもいいかな(^_^;)


私の実家は自営業で、父親の親族一同と母はそこで働いていました。

 

地元で家業を営んでおり人目に付きやすい事、また嫁としての立場もあってか

“世間に恥ずかしい真似はするな、

親が笑われる。”

と 私達きょうだいはそう強く言われて育ちました。

学歴よりも世間体を重んじるのはそんな理由からだったのでしょう。


朝から晩まで父方の親族と共に働く若い母にとって、

仕事や家事などをこなしながら

私を含む子供3人の子育ては本当に大変だったと思います。

全くと言うほど父は手伝いませんでしたからね〜。

(お茶一杯も淹れなかったなぁ(-。-;) )


そんな忙しい毎日を送る母が

「子供はなるべく手のかからない普通〜の子であって欲しい…」

と望むのは当然な気がする。


それが少子化の現在とは違い、子供がうじゃうじゃと多くいた時代に 

「みんなが当たり前に出来る事が出来ない」

「誰も気にも留めない事が気になる」

を世間では人とズレていとし、人と「違う」とされていました。

そう、私は人と少しズレている ちょっと変わった子供だったのです。


ですが、見た目では分からず ちょっとした違和感を抱く位なので特別問題にはならないのです。


思った事をストレートに口にする。

頻繁に物を忘れる。

間違いが多い。

突飛な発言をする。


 …などなど そんな子は私の子供時代には クラスに数人はいましたから、先生も 「注意が必要な子供」

くらいの認識であったと思います。


注意が必要と簡単に書きましたが

子供を見守るのには、親には相当の時間と労力と忍耐力が必要とされます。

忙しい母には きっとそれが物理的にも難しかったんでしょうね。


問題行動の原因を

「私の性格や気質なんだ」と多分考えていたんだと思います。

だから言えば治るはず。あなたのためを思って!

と、躾や小言はすさまじくなっていったのです。


私の母は強く、愛情深い人でしたが

父の地元で 親戚に囲まれて暮らす日常の中で悪目立ちする事を避け、世

間体を気にする事が 生き抜くための

処世術だったのだと思います。


それは子供に関しても同じで 

特に何かに秀でているよりも、人並みに 後ろ指をさされない子供に育て上げる事を最優先事項にしていたのでしょう。


その上 時代は個性を尊重する教育よりも少し前。

学校でもみんな同じを大前提として教育されていた中で

他の子達からずれ、不器用に立ち振る舞う私を

「何であの子は」って

母は大変歯がゆい思いで見ていたんだろうな…。

 

その後 私は何度母に言われても

変わらない(変われない?)まま成長し

て行きました。

社会に出て、ようやく 自分と母には少し距離が必要な親子だったんだ❗️

と気付く事が出来ました。

親の求める「普通・人並み」から

自分はズレてもいいやと決めたのです。


ところが 娘であった私が母になった今…。


時折思いだすのは、ある意味 過ぎ去ったはずの私の子供としての感覚です。


当時の母の事情や心情を理解しつつ

母が優先したかったのは自分の都合じゃないのか?

そして、それを嫌ってきたはずの自分も同じ事をしているのじゃないのか??

ようやく抜け出した薮に また足を捕られているみたいです…。


子供たちの後ろには、いつも母と私の関係がボンヤリと透けて見えるよう。


親子って本当に難しいです。