…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

妻への不満は生乾きの匂い

雨続きです。もう連日の事なので洗濯物がちっとも乾かず、暖簾の様にかかっています。

洗うものは毎日出るけど、乾かす場所がない…

季節外れの扇風機をフル活動してもカラッと行かないのが悲しい(T . T)

フニッと湿った感触が更にやるせなくします。


そして何と言っても気になるのが生乾きの匂いです。

せっかく洗って綺麗になったはずなのに、あのイヤ〜な匂いがすると一気に凹みます。

この問題を憂鬱に思うの私だけではないはずですよね?

そうじゃなかければ、世の中に「部屋干し」の冠がついた洗剤に溢れている理由が見つからない❗️


きっと、きっとね。主婦には切実な悩みだと思うんですよ〜

こう言った問題の矛先は「主に家事をする人」に向かうからです。


「ね〜 なんか臭いんだけど。どうなってんの?」

➡︎水分があると菌が繁殖するんです。

「本当に洗ったの〜?ちゃんと洗えてないんじゃないの?」

➡︎ええ、洗いました。洗濯物に残る水分や 部屋干しをすると部屋の温度は下がり、湿度が高くなるので菌が繁殖するって言う寸法です。


…とQ&A的な不毛なやり取りが交わされる事になっていると思うのです。

でも原因を理解されていても

「あ〜そっか。なるほどね☆」と

相手の納得、あるいは怒りの矛先から逃れられる訳じゃないのがね…。

(え、これ我が家だけかしら??)

私は夫から「 洗濯が下手なんだよ」って言われましたよ?


洗濯物において失敗とは、例えば色

の濃い物や柄物などと 白い服を一緒に洗い色移りしてしまうとか セーターの洗い方を間違えて縮ませてしまったとか… そう言った類いだと思われます。

私は意外とそう言った失敗は少ないのです。

それでもって「洗濯が下手」って何だ???

洗濯に下手ってあるの?

生乾きは自然現象じゃないのかな。

私の手によって生み出されている悪行になっているのだろうか…。


解決方法として熱湯消毒すると良いそうです。はい、夫からのアドバイスです。

乾いていると思っていても、仕事中に汗をかくと また匂いを発するそうで、とてもじゃないけど着られないそうなので。

時折夫のポロシャツを大鍋でグツグツ煮ます。

分かりました。ハイ、分かりました。と言って。

思っている程手間ではありません。でも、面倒です。


お察しの通り、夫の服のみしています。

この点はまた次回にでも触れたい問題ではありますが つまり、洗濯物において私(妻)に対して不満を漏らすのは夫だからです。

洗いあがったら なるべく早く干すようにするなどの対処も大事だと思います。

エアコンと扇風機のダブル使いで乾かすのも必要です。

ただ、洗濯物を優先するあまり 一日中 子供達が過ごすリビングでそれを

した所 子供は風邪を引き 熱を出してしまった事も。

(私は 人がリビングにいる日はやめようと言いましたが聞いて貰えず、夫は決行し 熱を出した子供は体が弱いと叱られました。え〜(−_−;))

何事も程々が良いと言う事です。


夫が「む、臭うな。」と感じる時、

子供も私も同じ様に感じているのです。

ただ 匂いに対して不愉快に感じているだけで、誰かに対して向ける事でもないよねって思っている。

意見が素直な感想であったり、対処していく為の問題提起であったりするのは構わないのですけど、行なった人へのただの文句にされちゃ困る(と言うか、私は嫌だ。)のです。

子供もね、

「まだちょっと湿ってる〜」

「なんか ちょっと臭い〜」とは言いますけど、それをお母さんのせい❗️とは思っていないと思います。

香付きの柔軟剤のCMが幅を利かせる昨今、それくらい子供だって分かるでしょう。

そして 夫は、香りがキツイと柔軟剤等を嫌がるので我が家では使えません。


普段上手に?干しても感謝もされなくて、上手く出来ないと文句を言われる。

何でだよー!同じ事やってるじゃん!と嘆く私に今日も涙雨が降る。

「強者」故の苦悩

秋でーす。行事が多いでーす。

このくだり…最近多いですね(^_^;)


先日あった中学校の体育祭(我が家では初)は今までの 皆んなで楽しむ運動会とは若干違いまさに競技でした。

「競う➕クラスの団結力を高める」

みたいな。

我が家の長女は一年生でしたので

三年生の残り少ない貴重な思い出作りや 、受験がなく楽しくて仕方ない二年生のような 盛り上がりではありませんでしたが 競技に真剣に挑み、

皆でクラスの戦果に一喜一憂し、白熱しているなど中々見所がたくさんありました。

私としても、知っている子が出場していると クラス対抗など忘れ つい、応援してしまったりして。


中でも盛り上がったのが、やはり三年生のクラス対抗リレーでした。

花形競技ですし、何と言っても、中学最後ですからね❗️

そして得点が加味される、最終種目になっています。

みんなの興味が集中するはずです。

その盛り上がりは、他学年の保護者の私にまで リレー選手やアンカーの生徒さんの前評判とかも聞こえてきちゃう位です。

しかも、仲良しママの息子さんもリレーメンバーだそうで。

「あんなに幼かったあの子がね…。

」育ててもいないのに感無量です。

(こーゆーの 母たちにはよくある事です。)


ただ、気がかりだったのは。

その息子さん「ヨシミチ君」は足を痛めていたのです。

バリバリの体育会系の彼は 今年の夏に部活を引退しました。

数ヶ月運動不足の状態に体育祭の練習が始まり、肉ばなれをおこしてしまったそうです。

そして やっと治りかけた所で リレーの練習でまた振り返してしまった。

医師からは「医師の立場では勧めませんけど、本人次第かな…。」との事です。

もちろんヨシミチ君の希望は走る事です。


体育祭を控えている時にその話を聞いていた私は思わず

「う〜ん、出させてあげたいけど

微妙だよねぇ。」と言ってしまいました。

ママも「そうなんだよね…」と返しました。

リレーのメンバーに選ばれる事は名誉でもあるし、きっと中学での良い思い出になるでしょう。

でも遅かったり、転ぶなどしたらクラスに迷惑になるかもしれない。

それが原因で友達関係がまずくなったら…

ママの胸中は複雑そうでした。

「それにね。」

何と、体育祭を目前にして三年生は怪我人続出していたそうです。

通っている整体外科で同じクラスの

子だけでも三人会ったと。

久々の運動に体がついていかないんですって。

中には骨にヒビが入っている子もいるとかで(しかも大役のアンカー!!)

それでも走るのだと言う。

肉ばなれごときで出場しないなんてとても言いづらい雰囲気なんだとか

…。

「まぁ本人は走るつもりだし、最悪

足を更に痛めても(歩行困難になるなどは無さそうなので) これからあるのは文化祭や受験勉強のみだからね。

静養して行ければいいからさぁ。」

と、ママは言い

「あとは… 私が毎日学校や塾の送り迎えをしなきゃならないのは勘弁だよね。」力なく付け加えるのでした。

送り迎えの手間を厭う訳ではなく

仕事を持っているので時間調整をするには 自分の都合のみで動けない、

そういう理由です。


当日は心配していた転倒もなく、ヨシミチ君は見事に走り抜き クラスは

二位になりました。見事でした❗️


その後 やはりと言うか、当然と言うか… ヨシミチ君含む数人が 共に肩を組んでヨロヨロと救護室に向かう姿を見送りました。

その他にも担架で運ばれる子、鼻血を出す子、泣いている子を見かけました。

体格も良くなり、意地もプライドも入り混じる。中学生の体育祭はハードですね…。

舞台裏ではこんなんですが、グラウンドは 爽やかに盛り上がっているんですけどね(^_^;)


走り抜いたヨシミチ君も凄かったけど、アンカーの彼も立派だと思いました。

アンカーを務めた彼は 運動が良く出来ると校内でも目立っている存在だそうです。

彼は彼で、走る事だけでなく きっと 勝つことも皆に期待されている訳です。

例え負けたり、転んだりしても 誰も責めないと思うんですよ。

だけど、彼は自分を許せるかなあとも思うのです。

だって多分、彼は自分でも この学校において運動では「強者」と言う立場を分かっているだろうから。

そう言った自負がある人は、勝つ事の期待も背負う必要があると思っています。

うちの子供達は全員、走るのは早いけれど 運動全般は得意とはいきません。身体のイメージが出来ていないが故です。

運動弱者には縁のない苦悩があるのでしょう。


昔、同じ様に知り合いのお子さんで

クラブチームに所属し、校内でもかなり目立った「強者」がいました。

リレーでも 当然アンカーを務めて 

1番になり、みんな「さすが〜」と騒いでいました。

でも その子のママさんが運動会が終わった後「無事終わって良かった

よ。」とぽつりと言ったのです。

実は すごく小心者でプレッシャーに弱く 勝てるかと、皆の期待に答えられるかと心配していたそうです。

普段は強気な言動の多く、そんな不安をおくびにも出さない男の子でしたが 繊細な心の持ち主だったのですね。

私はその話を聞いて、彼が好きになりましたね!


強者は強者なりの覚悟や苦悩を持っているのです。

悠々と走ったり、跳んだりしている様に見えても 楽々ではないのです。


それをうちの子供達に分かって貰えるかなぁ。

でも その前に、怪我だけはしないようにねって やっぱり言うかな。






2017、忘れたお月見。

昨日は中秋の名月でした。

お恥ずかしいのですが、すっかり頭から抜けておりました。


実は私、これでも季節の行事はなるべくやるように心掛けています。

私の母が行事を大切にしている人だったので、当たり前の事として子供の頃から季節や行事を楽しみにしていました。

お月見には すすきと団子を用意し、

皆んなでお月さまを見上げていました。


ひな祭り、端午の節句、七夕や冬至やら

お正月など… 母も特別な事はしておらず、手作りが出来ない時は市販の物で済ませたりもしていました。

それでも 行事を迎える度に季節の移り変わりを子供心に感じていました

大人になって「うちでは そんな行事なんてした事ない〜。  興味もないし。」

と言う人もたまにいましたが、私には そういった行事は家族との思い出と直結しているので やっぱりなくてはならないものだったと思います。


慣れ親しんで来た行事が当たり前でなかったと知ったのは、私が子供を持ってからでした。

母は私に「子供の為に、季節の行事は大切にする事。」

と、説いたのです。

行事の準備をする方の立場になって分かりましたが、ことの外 面倒なものなんですよね。

心にとめおき用意をし、迎える。それが意外と難しい。

ちなみに中秋の名月は日にちに決まりがないので 毎年変わる訳です。

だから世間の話題などに常にアンテナを張っておく必要があります。

もしくは調べるかですね。


行事は言わば「ハレの日」なのです

大袈裟に言うと日常の延長にはありません。

何かしらのひと手間をかける事が、自然や見えないものに対し「敬う」

行為になるのだと思います。


かっこいい事を言いましたが、つまり「わざわざ」そうするのです。

例えば我が家では、雛祭りに「わざわざ」散らし寿司を作り、端午の節句には「わざわざ」ちまきを食べ 菖蒲湯に入るわけです。


買いに走り、用意をする… それやるの、全部私だぁ〜(-。-;


しかも「七草がゆ」は中々見つからず 毎年2、3軒はしごして買い求めるなんてざらでした。

扱うお店や品数が年々少なくなって来ているようです。

やめてもいいんです。でも、やっぱり…なんです。

子供もやはり心待ちにしていますし、喜びます。

そして母としての大切な役割を担っているとの自負もありまして。

ただの自己満足なんですけど。


きっと母も同じ気持ちだったのでしょう。

昔の人ですから「行事をするのは親の仕事」位に思ってはいたのでしょうが、自営で夜遅くまで働いていた母には 大変な事だったはずなのです

でも 親として子供にきちんと伝えて行かねばならない大切な風習、教えだと考えていたのだと思います。

それは学歴などにこだわらない母の

矜持でもあったのでしょう。


そーれーなーのーに。


私は完全に忘れていましたね❗️

詳しく言うと一週間前に義母に「お月見が近いから。」とお団子を頂いたので もうこれで済んだ〜。

と終わったものと見なしていました

更に言いますと、火曜日にお店にて「明日はお月見です」と書いてあるチラシを見ているのです。

当日には、イオンのスイーツフェアにて 有名店のチーズケーキを子供達にお土産に買った後に、隣の和菓子屋のうさぎの月見団子を見て「あ、あんなのも可愛いくて良かったかも〜〜(^o^)」

なんて思っていたのです。


チーズケーキ食べた後で子供達に

「お母さん、月見団子は用意してる

?今日は十五夜だよ!」

って言われるまで気付きませんでしたよ…。

あんた達、ちゃんと今日が十五夜と分かってるなんて、何て出来た子達なのさ❗️と私は褒めましたよ。


今の私は もう何もかも素通りです。

心に留め置くどころか引っかかりもしないのです。

子供が大事と言う点は以前と変わらないのですが、感情に蓋をしているせいか必要な 記憶や情報以外を締め出そうとしているようです。

 

あんなに私自身、大切に思っていた事なのに。

楽しみにしていた子供にも申し訳なくて小さくなっている私に子供達は

「今年はお母さん、大変だったからね!忘れちゃっても仕方ないって。

でも、お母さんは冬至にはいっつも南瓜の煮物作ってくれるもんね。」

と言ってくれました。

息子優しい〜(T . T)


お団子食べたかったけど、いいよと しーちゃんも責めません。

以前 長女のりーさんが「うちはお母さんが行事をちゃんとやってくれていると思う。」と発言した事があって私は ちゃんと伝わってるんだ〜、頑張って良かった〜なんて思った事がありました。

今年は忘れたけど…。

 

まぁ、色々問題はありますが、良い子に育っております!


帰宅した夫としーちゃんとで買いに行ってくれた頃にはもう月見団子は売り切れていたそうです。一口団子になりましたが とても美味しかったです。

今年も子供達とお月様を見上げました。






100通りの1に入っているのかな。

長女りーさんの体育大会に行ってきました。

丸一日外にいて、日を浴びていただけなのに、何この疲れ…。

四十代の水分は もはやこの程度でも干上がってしまう(~_~;)


娘は お休みする友達の種目まで出場するよう頼まれており 頑張っていました。

リレーにも出たのですが、走り終えた後に 仲良しの子と抱き合って喜んでいるのを見て

「楽しそうだなぁ。友達とも上手くやっているんだなぁ。」

と、順位よりも その様子が分かった方が嬉しかったです。


保護者の席は(日除けなし!)種目が変わる度や写真撮影の為やらで、入れ替わり立ち替わりしています。

その度に挨拶を交わし、軽くお話をしたりと結構忙しい。

仲良しママ、ご近所さんママ、地域でお世話になっているママ、顔見知りのママ…( 男性もいたけど。)

と、私と関わりを持っている人達だけでも沢山います。


そして、それ以上に知らない保護者

の方が多くいらっしゃるのでした。

娘の種目が済んで、周囲のママさん達が写真撮影に移動した後、ふと一人になった時間がありました。

ぼんやり周りを見渡すと たくさんのママさん達がグランドを見つめています。


年齢も 皆さんまちまちです。ベビーカーを引いている方もいれば、幼児を遊ばせながら観覧している方もいらっしゃいます。

学生さんとおぼしき兄弟と連れ立って応援していたり、お祖父さん、お祖母さんの車椅子を押している方もいる。

共通しているのは、中学生の子供を持つ母だろうって事だけです。


「100人いれば100通りの人生がある

」とよく言いますが それなら、私もその一つに入るのかな?と思いました。

そして何故か、その時

「いや、入ってないな…」と思ったのです。


目の前の人達は年齢だけでなく、化粧も服装も誰として同じ人はいません。

そこには規制がある訳でもないので、きっとその人が自分にとって「良い」と思った物を選び「 自分」として表現しているのでしょう。


じゃあ私は?

私は… 今の私は、自分って言えるの

かな。

化粧や服装だけの事じゃありません

。私が選んだんだ、と言う覚悟もなく ただ苦しい思いをしているのは何でだろう。

隣の芝は青いと言うことわざ通り、

他の方も きっと皆 踏ん張って毎日を送っているだろうと思うのに 。


100の内の一人に入っていないと思ったのは、私が私の思うように生きていないと感じたからです。


「思い通り」ではなく、思うように。

幼い頃から人から外れやすくて、大人になり時間をかけて、ようやく「それでもいいや」と思えるようになったのに また「それでは駄目だ」と枠に押し込められる。


そんなに「普通」って大事?


目の前にいる人達は みんな それぞれ違うのになぁ。

私は子供にも 同じような事を求めたり、強いたりしたくないな。

だって、それはこんなに苦しい。


そんな風にぼんやりと思っていました。


でも 他人が敷いた「母親たる者」的なレールを歩くのも、また自由。誰も悪いとも言っていないのだよね。

そうも思いました。


だったら

自信なんか特別持ってなくても、誰かに認められなくても、私は私を「結構悪くないんじゃない?」って思える自分の方がいいな。


陽に焼かれながら 私はグランドを見つめてそう思いました


行事は子供の普段の様子を見られるのか?

秋は行事が目白押しです。

特に今週は小学校の参観に続き、中学校の体育祭もあります。

親としては何かと忙しい時期ですが

今春に娘が中学生になった我が家は

初めて迎える体育祭です。

どんなものなのか 是非見てみたいものです。


私はどちらかと言うと、子供の教育に それ程熱心な方ではありません。

子供達が通っていた幼稚園では 月1の体育の時間に わざわざ出向いて行き

運動する我が子を塀越しに応援するママが多数いらっしゃいました。

徒歩で登園していたので 出待ちのママさん方を見掛けると

「うわ〜熱心だなぁ。」と思っていました。


体育が苦手なお子さんで、ママが応援したらヤル気を出してくれるかも❗️

など切実な方も中にはいらっしゃるでしょうけど、殆どの親御さんはグループ単体で騒ぎながら見学していたので 専ら「社交の場」と言った方が正しいかもしれません。


私も誘われてごくたま〜〜に終わり頃に顔を出す、位の事はしました。

子供には「ずっと見てたよー」なアピールをして。

そして

「 何で○○ちゃんのお母さんみたいに 体育とか毎回見に来ないの〜?」などと子供に聞かれると

「お母さん、そんなキャラじゃないんで。」とキャラのせいにしました

…どんなキャラクター設定なのか。

だけど、それで子供も納得していたので やっぱりママ達のサークル的な

要素をどこかで分かっているんでしょうね。


私としても行事は好きです。

面倒だけれど行けばテンション上がります〜( ̄▽ ̄)

…で、帰ってきてドッと疲れる。

久々に会うお友達ママさんとの近況報告や、情報交換。

子供が 普段お邪魔しているお宅のママさんに お礼を伝えたりと、この場に居ないと出来ない事が結構ありますからね。


行事の本来の目的は「子供の学校での様子を見る」だと思いますが、親のいる場はやはり「晴れの日」なのです。

ちょっとよそ行きな良い子を演じていたり、見に来た親にわざと悪ぶった態度を取っている男子もいて可愛いのですが(^_^;)


子供達にとっても特別な日なので 正直、普段の子供やクラスの様子は見られないと思っています。 

もし 我が子がイジメられてるかも?

つまづいているかも?

と、心配されている保護者の方は 是非 何でもない日に校内を見学すると良いかと思います。

普段のクラスの雰囲気や 授業中の子供の様子や  周囲のお友達とのやり取り、放課の過ごし方なども見る事が出来ますから。

(見つからない様にですよ!)


セキュリティーの問題などの点で 生徒以外を立ち入らせない学校もあると思いますが、

最近では平日保護者が校内を見学出来るような学校も随分多くなりました。(身分を書くなど手続きは必要ですが) 

我が家の子供達の学校でも、単身赴任中のお父さんが見学しに来たりするのをお見かけします。

忘れ物を届けに来たり、PTAなどの活動をしている方も校内で見かけるので 思っているよりは敷居は低くなっているのではないでしょうかね。


いやいや仕事しているので無理〜

平日なんて、逆に目立っちゃうし〜

と、仰る方もいるとは思いますが

「学校でどうも 子供がトラブルを抱えているのでは??」と不安ならば

一度こっそり見てみるのもあり、と言う事です。

(先生に事情を聞いても、放課に教室不在だと中々気付けない場合もありますので。)


「友達ママさんにも久々に会えるっかな〜♪」

なんて楽しみにしている私が言うのも何ですが、皆んな一緒の行事や参観なんかより よっぽど役に立つ、と

思っています。


低学年で ちょっとしたイジメやからかいで困っている場合は 敢えて親の姿を見せるのも「手」です。

余程の悪たれじゃなければ抑制力にもなります。

ただ高学年になると逆に働き、イジメを隠す為トイレでするなど密室性が高まるかもしれないので注意ですが。


それでも「大人」がいるよ!

ちゃんと君らを見てるからね〜!

と 目を光らせている事を子供たちにアピールするのは大事だなぁと思います。


ちなみに私は息子るーのADHDの特性が目立ち始めた時には よく学校に

行っていましたよ。

うちの場合は息子に「お母さんは見てるでェ〜〜」とピリッとさせる為に(*´∀`*)


…と それはさておき。

「晴れの場」としての参観は参加してなんぼ!なわけです。

しーちゃんは この日頑張って手を挙げ、「余りあるわり算」を見事正解しました❗️

「おぉ〜!」と言う声を浴び 誇らしげに席に着く娘。


しかし、その後やたらと後ろにいる私目掛けウィンクしたり、ポーズを取ったりとふざけまくりました。

前を向きなさいと身振りで応戦。

そして 授業に飽きてきたのかしばらくすると座っている椅子の後方脚二点のみで ギコギコとバランスを取り始めました。(この説明で分かるかしら…)

三年生ですよ?女子ですよ?参観中ですよ?

なぜ…たくさんの保護者の存在を忘れられるのか?娘よ…!

窓際の席に座っている娘の側に 私は即座に行き「それ、ダメっ!」と鬼の形相で言いましたとも。


続いて 息子のるーの授業は社会科でした。

「特産物について」をグループ形式で話し合い答えて行くと言う授業を行なっています。

るーは 社会が割と得意なので 生き生きと楽しそうです。

遠くから 軽く手を振り微笑ましく見ていると

「えー、最近の漁業では 獲り過ぎた為に魚の数が減ってきているので 増やす為の対策として…」

と、先生の説明が終わらない内に 

息子が元気良く「養殖でしょ〜!」と答えてしまいました。


あ、あちゃー。

先生は「話す前に るー君に言われてしまった〜。よく知っていたね、そう養殖です。」

と仰しゃってくれたけれど、この場合は 先生の説明を聞く場面だったはずです。


良く知っていたね!と その点を褒めるべき?いやいや。もう彼も五年生、少なくとも挙手して答えるべきだったよ…。

母の葛藤はまだまだ続くのでした。


結論:我が家の子供達は参観も、行事でも態度や様子が普段と変わらない事が判明。

ただテンションだけが異常に上がる。


今頃分かった真実。行事参加、一体何年目だ私。














ママ友達に「ゴレンジャー」的な要素を見た時の素朴な疑問

昨年に起きた大きな出来事を今更ながら振り返ってみました。
今の状況は、それから繋がる話なので どうしても必要だった訳ですが 
いや〜〜 結構しんどいものですね。
(−_−;) 
しかも これで終わらなとは。
ますます拗れが酷くなり、私の苦しみが更に増すって言うね!!
何なんだと思いますよ。
なので 一旦 少しお休みしてママ友達に抱いた私の素朴な疑問について書きたいと思います。

昨日は小学校の参観日でした。
三、四時限目が参観に当てられたので 放課の間は廊下で、友達のママとお喋りしていました。
すると、子供と同じ学年のママ二人に肩を叩かれました。
「ameちゃん元気〜?なんか会うの、久しぶりじゃない?」
と 声をかけたのはユキママさん。
いつも4〜5人で固まっているママ友の中でボス的な存在のお方です。
彼女話は面白いんだけど、 悪口がすごくちょっと面倒なんですよね。
ですから私としては、 一派と若干距離感を保ったお付き合いを心がけています。

「私は 道でたま〜に会うよね?まぁ お互い話してる余裕ないんだけどね
〜。」
こう話すのはノリコママ。優しくて誰とでも仲良くなれるタイプのママさん。 
ユキママの一派に所属していますが
家も近いので 個人的にも仲良くしています。

私は「ね〜〜!意外と会わないもんだね、夏休みだったからかな。私もバタバタして結構忙しいかったかも
〜」と にこやかに答えました。

ふと見ると、ユキちゃんが真新しい小振りのショルダーバッグを掛けているのが目に入りました。
「あ、可愛いじゃーん。便利そうだね。」
と私はそれを褒めました。
「ここが財布になってて、後スマホと鍵が入れられるんだよね。こう言うのずっと探しててさぁ。」
実際とても使いやすそうでした。バッグの色も黒で、いつも服装がキリッと辛めのコーディネートが多い そのママに良く似合っていたのです。

「あー、ユキちゃんぽい!似合う似合う。」素直に褒めていると
「じゃ〜ん。私もお揃いなんだよ!
」とノリコちゃんも色違いのショルダーバッグを見せてくれました。
彼女のはパステルピンク。
また、それも優しい雰囲気の彼女にはピッタリでした。
まぁ 察するに買い物に行ってお揃いで買った…と言う事よね。
わざわざ聞くまでもないので、そこら辺はスルーです。

いいじゃーん、可愛いじゃーん。と皆ではしゃいでいるとユキちゃんが
「真似していいぞ♡」
と、言ってくれました。
確かに便利そうだし、素敵だけれど もう知り合いが使っているのに、後から買う方はわざわざ同じ物なんて使いにくいものですよ。

なんせ同じ生活圏内に住んでいるから行事や行動範囲が似ています。
そうすると 只でさえ物や服装など相手とカブりやすいのです。(子供でもありますけど)
やっぱり その場はちょっと気まずさが漂いますからね。
正直避けたい気持ちがありますね。

どうしても必要だとか、気にいった場合は
「すごく良いから同じのにしちゃった!」とか「これ真似していいかな?」みたいな一言はありかもです
。気まずくならない為の根回しって言うものでしょうか。

上記の内容が頭の中で一瞬過ぎりった後「えー、じゃあ私はピンクがいい☆」と私は笑顔で切り返しました。
パステルピンクは汚れるから私は無いな〜と心で思いながら。

するとそこへ、わいわいと他のメンバーママがやって来て合流しました。
「!」Σ(・□・;)そして(…え〜。
メンバーの皆さん、色違いのお揃いのショルダーバッグかけていらっしゃる。

何これ。メンバー絶対所持アイテムなの?
センスが一緒って事かしら…
もしくは 絆、とか?
いやいや。だだ単に皆んなで買い物に行ったらバッグを見つけて「あー これ、いいね〜。」ってなって、一人が買うと決めたら
私も、私もってなったんだと思うのです。
それとも後から「私も可愛いから買っちゃった!色違いで。」と後出しジャンケン的なお揃いにしたのかもしれません。
小学生の女子がお揃いの文房具を持ちたがるのと同じ原理です。
仲間アピールの一種です。
後、大人な場合は その場のノリ。

それよりも私が気になったのは、
仲良しでお揃いは置いておいてですね。
皆んな「色違い」と言う点です。
皆さん「カブらない」様に心がけていらっしゃる。

メンバーは普段5人程で 色目は 黒、パステルピンク、パステルブルー、ゴールド、イエローだったのですが
、私の素朴な疑問として ちゃんと気に入りの物だったのかしら。って事です。

ユキちゃんには黒のバッグがピッタリと思ったのは普段の彼女の服装に黒色が多い事やキャラを知っていたからです。
彼女は 似合う、似合わないとは関係なく 少なくとも自分からパステル系は好まないし、選ばないでしょう。
反対を言えばノリコちゃんも 小物や服でゴールドと、イエロー使いを今まで見た事がない。イメージも違います。
つまり自分にとって自分が持つイメージや 仲間内でのキャラを把握しているのでは、と思ったのです。
バッグ自体もとても良いし、多分どの色目を誰が持っても素敵なのを前提として考えてです。
他の三名の方と私は 知り合い程度の関係なので 性格や好みなどなど あまり知りません。
そうなってくると、このグループ内の力関係も絡んで来るのかな〜?
などと勘繰ってしまいます。

本当は黒色にしようと思っていたら先に「黒と言えばユキちゃんでしょ〜。」と周囲に言われたら、そうせざるを得ないですし。
別に同じゴールドのバッグを持った人が二人いてもいいですしね。
人や自分の持つイメージを大事にしてバッグ選んだとしたら 面倒だね。大変ですなぁと思った訳です。

バッグの話はユキちゃん、ノリコちゃんの所でもちろん切り上げました。余分な話は災いの元になりますからね(-。-;
メンバーも揃ったようですし、私と最初にお喋りしていたママは その場から離れ、参観の為教室に入りました。

娘の授業を見ながら
「あぁ、やっぱりあの派閥には入るまい。」
そう新たに思いました。
それから「あのショルダーバッグ持って今日行こうね!」
なんて約束を五人でわざわざしたんだろうか??と今度は考え始めてしまって、国語の授業が ちっとも頭に入りませんでした。



それを「酷い」と言う為に⑦

今回  一年も前の出来事を 今更ながら詳しく書いた理由は以前説明しましたが、私が 今 この状況を「苦しく辛い」と思っているのに、感じる事ができないからです。

嫌な目にあって「うわ、辛っ!」とその場では感じるけど 少し経つとぼんやりと薄れる。そんな感じでしょうか。

そして 思い出そうにも 半透明の自動ドアが閉まっている感じと言うか…


父の死も そんな感覚なのです。

時間をかけてゆっくり受け入れて行くものなら もちろんそれで構いませんが、私は 昨年両親をこんな騒ぎに巻き混んでしまいた。

父には大きな心労をかけてしまった、それが死因に直接の関係があろうが、なかろうが娘として本当に申し訳なかったと思います。


そして、それは「この騒ぎ」で終わっていない事が問題だったのかもしれません。


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この騒ぎの後は 以前ブログに書きましたが、 私の「片付け」が離婚原因とされていた事により父が夫に

「俺が娘と一緒に綺麗に片付けてやる。だから もう一回チャンスをくれ。それをあいつ(私)が維持出来なければ 離婚すればいい。」と言った事から 突貫工事並みの片付けを余儀なくされました。

(親の気持ちや、片付け そのものは大変有難かったけどもさ…)


夫が実家に訴えに行った事は 「親と距離を保って付き合って行くしかない」と思っている私にはキツかったです。

話した内容も酷いだろうけど、それより行為そのものに傷付きました。

 もうこんな大人で、子共もまでいるのに「親に認められていない」って思っていたからです。


ちゃんと家庭築いているよ!

奥さんしているよ!

頑張ってお母さんしているよ!

心配をかけたくない気持ちもありましたが、私は親に「ちゃんとした」大人を見せようとしていたからです

一方で 今の現状を私から伝える必要が無くなって良かった、とも思いました。自分で離婚を決めるまで言わなかったと思いますから。


そこからー。

辛かったのは、そこからでした。

確かに「 親と一緒の片付け」に 間に合わせる為の片付けも大変でしたが

、動揺する親へのフォロー  義母への説明、子供への対応などなど。

「あれ、一番辛いの私だよね???

」と何度も思いました。


すっごく辛いのに 

「大丈夫。私は大丈夫だよ〜」

なんて言うんです。

バレバレの嘘を笑ってつくんです。

今まで 親にも義母にも、子供にも平気な振りをして嘘をずっとついてきたのに。

バレている嘘をつくってね、しんどいですよ…。

相手に嘘だって もう分かられていますから。


もう嘘をつく事も出来なくなり、私は 親にも 事情を知った姉とも徐々に連絡を断つようになりました。


両親は夫が家を訪れた時から

「もう離婚した方がいいんじゃないか?」とずっと言ってくれていました。

いつかお前が心を壊すぞ、と。

そうなったら子供を育てられなくなるぞ。そう言って。


でも「子供の為にも『今』離婚はしない。情けなくても構わない、私は

もうプライドは捨てているから。」

と断固拒否したのは私でした。

親にこんな失礼な思いをさせても 

私は子供を優先させたかったのです

親は理解を示してくれ

「もう俺たちは夫くんを何とも思っていない。俺たちも言いたい事は言ったし、強く言い過ぎた。悪かった。良かったら いつでも また皆んなで家に遊びに来てくれな。」

そう、父母は言ってくれました。

義母への連絡を堪えて、文句を一言も言わず黙って見守ってくれていました。


両親と一緒に片付けた二階は、夫は目もくれませんでした。


それから我が家では私の両親、つまり子供達の祖父母に関する話題が出る事は一切なくなりました。

もう最初から存在すらしなかったようです。

この事が後々 私を更に傷つけ、子供達にも しんどい思いをさせてしまいます。

それは またの機会に書きたいと思います。


これは、あくまで私の目線で書いたもので 夫にも ちゃんと言い分があると思います。

それから、ある件については私に非があるのですが 別の事情もあり 今回は書いてありません。(別で書きたいと思います。)


だから必ずしも公平ではないと思っています。

辛いし 腹立たしいけれど夫のみを悪人にはしたくありません。

それは綺麗事かもしれませんが。


私は、私が 「酷い」と感じる感覚を取り戻せねばと思っているのです。

そうして初めて この状況を分かり、自分にとって良い判断できるように

なりたいのです。

悪人を作り上げるんじゃなくて、私が「嫌だ」と思い「これがいいんだ

。」と言えるように。

きちんと振り返ろうと思ったのです

これが昨年(2016年)私に起きた出来事です。