…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

感情は塩味

時に感情は邪魔になる。


普段、私は感情って大事だよねと思っています。

その時々の感情は持て余しつつも、自分の中から湧き上がるものだから

ごくごく自然なものだと思う。

感情イコール自分くらいに。


変わりまして。

私の周囲は大抵 皆 大人なので 理屈とか目的は話せば通じますが 、それでも 人が複数でもいると中々物事が進まない時もあります。


常識があっても簡単には割り切れないのが「感情」

理解力があっても 上手く消化できないのも、また「感情」

なんですよねー。


いい人ばっかりの団体や集団であっても 誰と誰が軽く揉めているか、

話の持って行き方や配慮が必要かを考えるし フォローや間を取り持ったりもする。


物事を円滑に進める為にやってることなのに、何だか人の感情を追ってばかりいると 

当初の「目的」とか、やらなければいけない課題や作業が置いてけぼりになっちゃうんですよね…。


あれ?本末転倒?


家庭でも、親との関係でも、子供とでも PTAでも 子供会、職場、ママ友会 ボランティア

その他もろもろ…。


誰かの感情を優先するあまり、自分の感情はわきに置かれている気がします。

そして、それに疲れています。


“喜怒哀楽”

私自身が ものすごく感情的なタイプなので分かるんですが

人の感情の動きはやっかいで

場合によっては、とてつもないパワーが生み出される事もあります。

損得は度外視されていますからね。


だから たかが感情と侮ったり見過ごす事もしたくないんですが。


でも、時に感情は邪魔になる。


大切にしたいけど、忘れてはいけないのは 自分の感情以外は全て憶測によるもの。

誰の本当の気持ちなんて 外からじゃちっとも分からない。

察するにも限度がある。


それに自分の感情も不確かですよね。自分に嘘作ってあるから。

私なんか、まさにそれ。


今の私の感情は塩味。


効きすぎて辛いなら、物足りない位で 丁度いいかな。

察するや 読みも少し足りない位で丁度いい。


疲れはてたら動けなくなりますからね。



母の日は ずっと誰かの為の日だった。

2019年5月12日、母の日。


私は普段3人の子供の母をしています。

だけど母の日に祝って貰うのは自分だと思った事は正直ありません。


こんな風に言ってしまうと、母の日だからとカードをくれたりする子供たちにも悪いので口には出したりしませんけどね。


毎日毎日母であることを意識して

子供に対して思い悩んでいたり、

結構キツイ家庭環境に精神をヤラレてても 

「いやいや子供の為に我慢だよな

…(;_;)」

と 若干方向違いの努力をしているのも、多分私が母親だからだと思う。

自分の為だとしたら どっかでキレてこんな我慢が続くはずがない(^^;;


こんな風にもう十数年もの間 母をしているのに、毎年訪れる母の日が私にとって

“自分ではなく他の人、誰かの為に祝う日なんだよなぁ”

と思うのはおかしな話だと思います


「誰か」とは 私の母であり それから主に義母の事を指しています。


実母は もちろん子供の頃から感謝を伝える人として。

そして、結婚してからは実母よりも

感謝を伝える相手として「義母」が

現れました。


私の母は娘に、嫁として送り出す時に大事な事を教えてくれました。

『自分の親より、相手(旦那さん)の親を大事にする事。』

『贈りものは うちはいいから 向こうの親に贈りなさい。渡す時も 必ず彼方を優先する事。』

嫁が義両親を大事にすれば、婿さんも 自分の親を大事にしてくれるもんだよ、と。


その教えは 私も納得出来るものでしたし、義母は結婚して新しく増えた

もう一人の「お母さん」として、大切にしていこうと思い 実際、ずっとそうしてきました。


何も母の日だけでなく、義母の誕生日、敬老の日、子供たちの誕生日会

やクリスマスを一緒に過ごしたり

行事でなくとも食事に誘ったり 何か作って持って行ったり。

身の周りのお世話をする程ではありませんが、

徒歩5分内に住み、夫を亡くし一人暮らしの母を気遣って ずっとやって来たと思います。

(もちろん義母も 私たちを助けてくれています。)


夫は自分の母が苦手なのです。

それ以上に亡くなった父親は苦手だったそうです。

親子の相性もあるかもしれませんが、多分 義両親の教育方針やコントロールしがちな愛情が理由なんだろうな、と思います。


それ故 結婚当初 夫からも 自分の母には 妻である私が接して欲しい。(良くしてやって欲しい)

君(私)の両親には 俺が接して行くから。とも言われていました。


奇しくも実母の同じ内容では ありますが当然だと思いました。


誰だって、配偶者には自分の親や家族を大切にして欲しいものです。

仲が良くても、悪くても 家族は自分に脈々と繋がっている根っこのような存在ですからね。

悪く言われたり、扱われたら自分も

同じようにそうされた感じがして 

ものすごく苦しくなる。


私は義母に。夫は私の両親に。

べったりとした付き合いではありませんが 数年の間、私達はとても上手く行っていたと思います。


その内…。

親の記念日や贈り物などに元々関心がない夫は、自分から何もしなくなりました。


義母を食事に誘うのも、子供の誕生日会を企画し 食事を用意するのも

お土産を買うのも…。

敬老の日のプレゼントも全部、私。


嫁はそう言った役回りなのかもしれないけど 何だかな〜と思っていました。

何故かと言えば、夫が私の両親に対して行動してくれたのは ほんの数年の事で、その内 何も言わなくもなったのです。


それでも私は 夫が両親を気遣っているかのように振る舞って

「夫くんから。」

と、贈り物などを届けるようにしていました。

私の両親に夫を悪く思われたくなかったからだと思います。


因みに 義母にも何らかのお祝いや贈り物をする時は

「夫さんからです。夫さんがお祝いをしようと言われたんです。」

と必ず言っています。

夫を立てる為なのと、相手に遠慮されないようにです。


自分の息子がこう言った事にまるで興味がなく、お金の使い方として無駄だと思う性格だと 義母は知っているだろうに。


そうだとしても 毎年、母の日が近づく度に私は

「どうしよう。」と頭を悩ますのでした。


すき焼きを作る?ちらし寿司を届けようか。

外食に誘うとか。じゃあどこか予約しないと。

あぁ、この日は子供の試合だった。

翌日にズラしても町内会の打ち合わせが午後からだ……。


気だけでなく、相当のお金だって、時間のやり繰りだって、手間だって遣うのです。


更には自分の親へも“婿さんから”の贈り物などを選んで、買いに行ったりもしている。


私が悲しいなぁと思うのは

義母の為にと母の日の準備をしているのに夫からは

「君のお母さんには 何もしなくていいの?」

と すら聞かれもしない事。


夫が 私の両親に 私と離婚するつもりだ、と文句を10時間も話し続けて揉め事を起こした ずっと ずっと前から そうだった。


私には 義母さん以外にも、本当のお母さんがいるんだよ?

口には出さないけど いつも思う。


実母と私は相性が合わなくとも 私にとっては当たり前だけど「お母さん」なのです。


こうやって 夫からお前は「嘘つき」と言われている私は

義母や親に 一生懸命取り繕って、心配をかけないように何年もやってきました。

なんか… もう十分頑張ったんじゃないかなぁと思います。


母の日は いつも大変だった。

自分が労われたり、祝われる日だなんて思った事はない。


でも 子供の頰の柔らかさや温かさはちゃんと感じています。

子供の時間は確実に流れている

2019年GWの初日の朝。

こんな連休開始に?と不思議に思う私をよそに、息子は初部活へと出かけて行きました。


息子は中学一年生。

進級とは違い、入学って人生でもかなり大きな出来事だと私は思っています。


小学校6年間、ほぼ変わらないメンバーと過ごしていたのに  我が地域の中学は 田舎のため三校の小学校から 一箇所の中学に生徒が集まるのです。


倍に増えた組数に、雰囲気の違うクラスメート。勝手の違う学校生活。

期待よりも不安の方が大きい、大きいΣ(・□・;)❗️


大丈夫かなぁ。緊張しいの息子は上手く馴染めるのかなぁ??

と、誰もが新生活の洗礼を受けるものとは思いつつ…

やっぱり私は若干心配でした。


それでも息子は淡々と 慣れない制服を着て、岩の様なバカでかいリュックを背負って登校し、迷いながら校内を歩いて、新しいクラスで学んでいる。


訳の分からない数学の教科書すら

いつの間にか 息子にとっては「日常」になっていました。


他のきょうだい達もそれは同じで 

新しいクラスも先生も生活にも 

有り難い事に適応していました。


親である私ときたら、子供たちの迎えた 新しい環境に慣れるまでに 頭の中の不安を思い、戦うので精一杯だと言うのに。

私がこの場で足踏みしている間にも

子供は不安でも体ごと ぶつかって行ってるんですね。


あ〜〜 

子供たちは もう新しい時間を生きてるんだなぁと思いましたよ。

1日は24時間。

でも 私と子供とでは 進むスピードが違うように感じます。

母は遅れをとっています。



子供と私 = 母と私。

普段は子供達の母親をしている私ですが、同時に娘でもあります。

父は昨年亡くなりましたが、母が存命していますので 今尚「娘」続行中なわけです。


片道1時間程に住んでいる、母と私は

仲は悪くないけのだけど「気が合わない」と言う間柄で、それでも 互いの心配をしている…

ちょっと関係が歪で複雑なんです。

長時間一緒にいると段々言い争いになって行くって言うね。


私は幼い頃から反抗的で、育てにくい子供でした。

中2の長女は自他と共に認める

《割と面倒くさいタイプ》の性格なのですが、それをもーーっとキツくしたのが 子供時代の私。


なんと言いますか 根性の入った面倒くささ?

思い込んだら意地でも テコでも動かない、みたいな頑固さを持っていました。

今から思いますと、発達障がいの絡んだ こだわりの特性がそうさせていたのかもしれませんが 

原因がそこにあったのかどうかは

本当に今更なので どちらでもいいかな(^_^;)


私の実家は自営業で、父親の親族一同と母はそこで働いていました。

 

地元で家業を営んでおり人目に付きやすい事、また嫁としての立場もあってか

“世間に恥ずかしい真似はするな、

親が笑われる。”

と 私達きょうだいはそう強く言われて育ちました。

学歴よりも世間体を重んじるのはそんな理由からだったのでしょう。


朝から晩まで父方の親族と共に働く若い母にとって、

仕事や家事などをこなしながら

私を含む子供3人の子育ては本当に大変だったと思います。

全くと言うほど父は手伝いませんでしたからね〜。

(お茶一杯も淹れなかったなぁ(-。-;) )


そんな忙しい毎日を送る母が

「子供はなるべく手のかからない普通〜の子であって欲しい…」

と望むのは当然な気がする。


それが少子化の現在とは違い、子供がうじゃうじゃと多くいた時代に 

「みんなが当たり前に出来る事が出来ない」

「誰も気にも留めない事が気になる」

を世間では人とズレていとし、人と「違う」とされていました。

そう、私は人と少しズレている ちょっと変わった子供だったのです。


ですが、見た目では分からず ちょっとした違和感を抱く位なので特別問題にはならないのです。


思った事をストレートに口にする。

頻繁に物を忘れる。

間違いが多い。

突飛な発言をする。


 …などなど そんな子は私の子供時代には クラスに数人はいましたから、先生も 「注意が必要な子供」

くらいの認識であったと思います。


注意が必要と簡単に書きましたが

子供を見守るのには、親には相当の時間と労力と忍耐力が必要とされます。

忙しい母には きっとそれが物理的にも難しかったんでしょうね。


問題行動の原因を

「私の性格や気質なんだ」と多分考えていたんだと思います。

だから言えば治るはず。あなたのためを思って!

と、躾や小言はすさまじくなっていったのです。


私の母は強く、愛情深い人でしたが

父の地元で 親戚に囲まれて暮らす日常の中で悪目立ちする事を避け、世

間体を気にする事が 生き抜くための

処世術だったのだと思います。


それは子供に関しても同じで 

特に何かに秀でているよりも、人並みに 後ろ指をさされない子供に育て上げる事を最優先事項にしていたのでしょう。


その上 時代は個性を尊重する教育よりも少し前。

学校でもみんな同じを大前提として教育されていた中で

他の子達からずれ、不器用に立ち振る舞う私を

「何であの子は」って

母は大変歯がゆい思いで見ていたんだろうな…。

 

その後 私は何度母に言われても

変わらない(変われない?)まま成長し

て行きました。

社会に出て、ようやく 自分と母には少し距離が必要な親子だったんだ❗️

と気付く事が出来ました。

親の求める「普通・人並み」から

自分はズレてもいいやと決めたのです。


ところが 娘であった私が母になった今…。


時折思いだすのは、ある意味 過ぎ去ったはずの私の子供としての感覚です。


当時の母の事情や心情を理解しつつ

母が優先したかったのは自分の都合じゃないのか?

そして、それを嫌ってきたはずの自分も同じ事をしているのじゃないのか??

ようやく抜け出した薮に また足を捕られているみたいです…。


子供たちの後ろには、いつも母と私の関係がボンヤリと透けて見えるよう。


親子って本当に難しいです。

子供が買い物に着いて来なくなりました。

最近子供が買い物についてこなくなりました。

本当に気付いたらいつの間にか、と言う感じで。


以前からママ達に、どの子も年頃になると 親との外出を嫌がるもんだよ〜と聞いていましたので  年齢相応の反応って事なんでしょうけど。

私も実際同じ年代の頃にそうでしたしね。


…なのに親になった今では

“何よぅ。あんなに 私にへばりついていたのに。”

な〜んて、思ってしまう身勝手さ。

平静を装っているのは単に見栄を張ってるだけで、子供たちには内緒。(^_^;)


最初の頃は

「ついて来たら何か買ってあげるよ〜(^o^)。(注:100均で❗️)」

など、物で釣り誘っていたのですが 小5の次女ですら近頃では断られる様になってしまった…。


最近の子供達って結構忙しく、部活や習い事のスケジュールで埋まっていて授業後完全にフリーの日が週に1、2回あるかと言った子が多いようです。

我が家の子供も隙間時間に遊んでいるって感じなのです。


こうなると、つまらない買い物などで家族と行動を共にするより

“自分の時間を、自分の為に使いたい”

そう思うのは当然の事かも知れません。


自分で時間を管理するのができ始めて来たのは、ある程度 親の手助けを必要しなくなってきた事なんだと私は思います。

この別行動の選択が子供の親離れだとすれば、順調な成長の証だと言えますよね。


だから親側(私)の気持ちとして寂しい以外に何が問題かと言われたら、

もう 単に

「 夫と二人での行動がしんどい。」

って事ですね…。


ラブラブの仲良し夫婦ならいざ知らず。

我が家は家庭不和真っ盛りなんですよ?

離婚話が出た、長い冷戦状態である夫婦の時間なんて 息苦しいっていったらないです。(−_−;)


何を話せって言うのか。

助けて。



あぁ、でも 子供がある程度大きくなったご家庭の殆どの夫婦は間が持たず、 同じ様な有様だとも聞きます。


どこの夫婦も会話の内容と言ったら子供の事くらい。

で、旦那さんは 子供の普段の生活において目に付く事をあげつらい始める。

そして何故か最後には母親のせいになると。


注意が出来てないだとか〜。

逆にキャンキャン言い過ぎとか〜。

手を抜いているじゃない?とか〜。

舐められているんだよ!とか〜。

と、夫婦で向き合ってもろくな事がないって。


車中は険悪な雰囲気になるから

反抗期でも子供がいてくれた方がまだマシ。

との結論になる訳です。

(分かる〜!!)



ただ、我が家では子供が買い物についてこなくなったのには他に理由があって、

うちは昔から夫が休日の予定を立てるのですが

「今日は午前は***に行って、

午後から☆☆をするから。あとで声かけるから 手伝えよ。」

こんな調子で当日の朝、ほぼ一方的に発表されるのです。


ワークショップや庭仕事、講座や

展覧会…

夫は自分の立てたスケジュールが

『家族や子供にとって必要な事』

と考えているので これに興味がないとか、行きたくないなど

家族が反論すると、とたんに機嫌が悪くなるので もはや最優先事項となっています。

結果、スポ少の練習を休む事になったり 週末にしようと思っていた事が出来ないなど 休日の楽しみが無くなってしまいます。


こうなってくると、子供達は 家にいても自由じゃないと思うようになったようで。

親に買い物に付き合わさるより

その分、少しでも 自分の時間を確保したい!息抜きしたい!

となるのも不思議じゃありません。


私も同じ気持ちなので 無理についてこい、とも言えません…。

たまに

「いや、あんた(子供)の物を買うのに

来ないって、どー言う事?」

とは 思わず怒りに震える事はありますけどね。


あ、夫も 別に私と一緒に行きたいとかは無いのでしょうけど。


誰か(子供)ついてきてよ〜!



家ってなんだ?専業主婦の私も答えられない。

夫の書き留めた

「家を守る為には狂うことも辞さない」

との趣旨の文言に 夫の考えを見た気がしたのは 守るべきものが「家」とあったからです。


あくまでも家であって、家族じゃないと言う点。

「あー なるほどね。」

その走り書きに納得してしまったのには理由がありまして。


家を器と例えるとしたら さしずめ中身は家族。

 中に住む家族が健やかに、尊重し合いながら暮らす事よりも 

まずは器を整える事を優先している夫らしいなと思ったからです。


《優秀な人物を育む場所である家とは 堅固な器であるべき。

環境が人の上に立つものを育てる。》


賢く、無駄のないよう生活を整える事が環境を作るのだ。

そのために親がルールを設け、守るようにさとすのは必要だ❗️

と、まぁ 夫自身がこのような考えの家庭で育ったのだから 、当然と言えば当然なんだろうなぁと。


ただ あくまで《常識》を下敷きにしたルールは、夫側が提案するルールなので 時には

「え…  ちょっとやり過ぎじゃないの??Σ(・□・;)」

など こちらが戸惑う場面が少なくありません。


ルールの本質に変わりはなくとも

年齢、時代、状況は刻々と変化し続けているし、夫と私の家庭は 義両親の家庭とは別物。

異文化の流れを全く無視されても

困るんですよね。

そう反論をしても

「世の中の常識だから。やっぱり

お前のうちは…(常識がないんだよなぁ)。」

と ため息をつかれるんですけど。


別に私としても夫の敷くルールを一方的に敵視している訳ではありません。

ルールを規律、しつけと代えて読んでみる家庭を潤滑に営み、子供を育てるには【ある程は】必要だと私も思うから。


そして、そのキツすぎるルールが

愛情から発さられているのかも…?

と考えれば尚の事 一概に夫を

「絶対におかしい」

とも言い切れないでいるのが私の正直な気持ちなんです。


でも 正論を繰り出されるばかりで

話し合いにならない…。


息苦しさと違和感を感じている家庭は 私や子供たちにとって、居心地がいいものではありません。

だから うちの子供たち、学校や部活動が好きらしいです。

ホッと出来るからって。

それを聞いた親である私は理解はするけれど、複雑です。

情け無くもあるけど。


家って何でしょうね?



空回り、そして悪循環。

あぁぁ、嫌だ。頭が痛い。

桜が咲いているのに綺麗だと思えません。

夏の花火を見上げた時も全く心が動かなかった。

そんな些細な事が自分を小さく傷つけているとだけ分かっています。


夫の設けるルールは

「普通」「当たり前」「常識」

で出来ているそうです。

これらに反抗するのは 世間のルールから外れるのだと。


本当に❓❓


夫のルールに私が従うのは、子供の為でした。

離婚の話が出た時、まだ多少の愛情もあった事と共に  夫を「 家族」と思っていたからこそ踏み止まったのでした。


でも、あれから 夫のルールはどんどんエスカレートして行くばかり。


「ダメなお前達の為に まともな俺が

言ってやっているんだ」

とばかりにキツくなっています。


夫は書籍やTV等に必要な情報やら 疑問、心に残った言葉を書き留めるクセがあるのですが(私もあります)

いつぞやか

「家を守る為には狂うことも辞さない」

みたいな文言が紙に書いてあった。


私は「だよな〜〜。(^_^;)」と思いましたよ?