…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

子供の友達関係の軸は「時間」

子供たちもようやく新学期を迎え、新しい生活が始まりました。


今年は三人ともが進級なので、親としては取り立てて気にはしてなかったのですが、やはり子供には重大な心配事だったようです。

特に六年生になる息子は 小学校最後の一年なので、修学旅行を含めクラス分けには過敏にならざるを得ないのです。

高学年になるにつれ同級生とは画した、自他共に認める親しい友人が固まってくる頃です。

学校生活を楽しく過ごせるには仲良しのメンバーが必須!になるんでしょうね。


そして結果は惨敗でした。

仲良しメンバーと離れてしまったそうです。しかも4人中1人だけ。(-。-;

息子落ち込んでいましたね〜。

加えて

「このまま中学に入ったら、更にクラスが増えて友達付き合いがなくなるかも。」

なんていう先走った心配までしていました。


これは姉である中学生の長女が

「中学は大体一学年が4〜5クラスあるから 組が違うと友達とは中々会えないんだよね。部活が違うと尚更かな。」

と普段話すからでしょう。


子供たちの通う中学校には 3校の小学校から生徒が入学してきます。

生徒数がぐっと増え、クラスも多くなるので小学校の同級生がどの組なのかすら把握出来ないと長女は良く言っていました。

その上 部活が違うと同じ学校に通っていても見かける程度で話す機会もなくなると話していました。

これは長女の感じた事なので、実際は単に付き合いが途切れただけとも

取れるのですが あながち大袈裟ではないのだろうと思います。


同じクラス。同じ部活。同じ委員会。

一緒に過ごす時間がより多く、長い相手ほど親しくなりやすいものです

。時間の共有が彼らを結びつけているとすると、広い校内の端と端のクラスになった場合では顔すら合わせないと聞くので、今までの付き合いがなくなるのは自然の成り行きでしょう。


それでも登下校や、例えば通う塾や習い事などが一緒だったり 学校外でも遊びに誘うや趣味を通してなど「これからも付き合って行ける方法」はありそうなもんですが、これはきっと大人の考えですよね。

(ちなみに私も これらの付き合いを

落ち込む息子に説明しましたが ちっとも響きませんでした(^_^;))


子供達は友達付き合いにも【旬】

みたいなものがあって 今 、隣にいる人が“今すっごく親しい人”となる感覚を持っているんだろうなと言う事です。

あえて「親友」と言う言葉を使いたくなる年頃ですからね。

たくさんの人達の中から選び、選ばれた親友❗️(ちょっと響きがかっこいい)


友情を強くするのは興味が結びつける場合も多くサッカー好きにはサッカー好きが集まるのが当然の流れで、他にも将棋好き、アイドルやゲーム、アニメ、おしゃれと多岐に渡り、やはり共有する時間と深く関係していると考えています。

年齢を経て来ると、子供たちは自然と分かって来て自分が楽しく過ごす為には分かち合える相手が必要なんだと意識するのです。


だとすると、私が息子に話したクラスや過ごす時間枠を超えて「離れた友達と上手く繋がる方法」を伝えても 少しも現実的に思えないのは仕方のない事かもしれませんね。

私が話している方法は大人ならではの離れ技ですもん。

ある程度の信頼関係があってこその

「間」の取り方です。

それは信頼関係という下地があればこそ出来る事で、親友などの言葉にはこだわらない関係で繋がって行こう!みたいな姿勢です。

言い換えれば信頼を軸にして構築していく関係な訳です。

そりゃ、時間を軸にして友人関係を築いている子供達と真逆に近いのかも。


そんな時間や興味の枠(私は住み分けと呼んでいます)を超えて、お互いの距離を大事に出来るのは 多分もう少し後になるんじゃないかな。

高校生位でしょうか??

たった「今」の子供達には時間を軸にして 信頼を作り上げて行く真っ最中でしょうから。


小中高生の友人関係は強固と言うよりも固まりかけのゼリー?と思っています。

共に過ごす一瞬も大事だけど、その積み重ねによって強くなるんだろうなと思っています。


友達に最近、仲の良い別の友達が出来た。なんだかモヤモヤする。

誘ったら断られた。ムカつく何で?

…などの焦りや不安などを含めた思いを時折 中学生の長女が話す事があります。

アドバイスしたり、聞き流すだけだったりしますが もう本当にしょうがないんです。

自分の思いにジタバタしながら付き合って行くしかないのですから。

「万能な解決方法はない。」が40を過ぎた私の答えです。

まさに今でも失敗している私ならではの答えでもありますね〜(~_~;)


子供達に対し、偉そうに言いましたが、ある程度の時間の長さがお互いを知る為に有効であるのは 大人になった私自身、実感する点でもあります。

これについてはまたの機会にお話ししたいと思います。


ソファーに寝そべって落ち込んでいた息子は しばらくしてゲームをしていました。

私は昼ごはんに息子の好物を作ってあげました。食べ終わって時計を見るとポツリと 

「…もし用事がなかったら、昼から公園で遊ぼうって言われたんだよな。」呟きました。

それは クラスが違ってしまった仲良しメンバーを含む数人からの遊びの誘いでした。

自分だけ外れてしまったと言う引け目から行きにくかったのかな?


「なーんだ。行っといでよ!天気の良い日は外で遊びな。」

と息子にお菓子を持たせ遊びに行かせました。

鬱々している時は体を動かすに限ります❗️きっと落ち込んだ気持ちも晴れるでしょう。


「お母さーん。腹減った!今日のご飯なーに??」

帰ってきた息子はいつも通りの、元気一杯の息子でした。

あー 心配して損した!( ´ ▽ ` )













滾ってる女③(たぎってる)

ママ友達のアユさんの次男くんが入っているサッカークラブで迷惑に思われているんじゃないか、との訴えに「考え過ぎじゃない?」と答えた私。

気遣いでかけた筈の言葉のどれが

きっかけになったのかは分かりませんが、突如アユさんの感情が爆発しました。


「そうじゃなかったら❗️」

彼女はキッと私を見据えました。

「さっきあんな風に言われるはずないじゃない?あれってうちの子が迷惑って事でしょう❗️」

私には彼女の話が何を指しているのかが分かりませんでした。


アユさんの話はこういう事でした。

幼稚園の行事後にお茶したママ友に 同じサッカークラブに入ってるいるBさんがいました。

Bさんの息子さんは入園時からサッカーを始めており、とても上手で園児の部でもレギュラー選手なのだとか

技術面もさることながらBさんの息子くんは 負けず嫌いの大変ガッツがある気性の持ち主なので そこもスポーツにおいては十分に活きているんじゃないかと私は思っています。


今日のお茶の席でも アユさんはみんなに次男についての相談をしていました。

「ちっとも上達しない。練習も嫌がって身が入らない。お兄ちゃんはこうじゃなかったのに。」と。

みんなが口々に  

「始めて間もないんだからそんなもんだよ〜。」

「子供ってすーぐ休憩するしね。」

などと応えていました。

その一人にBさんがいまして、

「次男くん頑張ってるって。

アユさん、長男くん見てるから理想が高いんじゃない?

確かに長男くんのレベルが高いから なんで次男くんが出来ないのか怒れちゃうんだろうけど…

でも得意な事が違うんだもん。

次男くんがおっとりタイプだとしても別にいいじゃない。」

と言うような趣旨の発言をしたと記憶しています。


それをアユさんは、Bさんに“次男君はサッカーに向いていない”と言われたと思ったようです。

その場にいた私も会話に加わっていたけど、そんな解釈はしませんでしたよ。

むしろBさんは普段の次男くんの頑張りを認めていて、だけども兄弟とは言っても得意不得意があるんだから 違う視点で見てあげたら?

と促していた様に思いました。


私の印象ですが、次男くんは元々あまりサッカーに興味を持っていないようでした。

どちらかと言えば車に詳しい、おとなしい男の子だったからです。

クラブチームに入ったのを意外に思いましたが「身体作りの為に」と言われて なるほどと納得したものです


もちろん 私は練習風景を見た事はないので クラブでのママ二人の関係性がどんなものかは知りません。

ただ、今まで周囲からトラブルがあったとも聞いていませんし

そもそもBさんは子供の習い事であるサッカーにそこまで熱を入れているママでもないのです。

アユさんの息子さんがみんなの練習の足を引っ張ってると考えているとは思えない。


園内の付き合いでは、今日みたいにお茶をしたりして二人は友好だと思っていたのに明らかにアユさんはBさんを以前から不快に感じていたような口ぶりでした。


皆んなで過ごした先ほどの時間が和やかだった分、なぜこんな風に感情を滾らせてるのか不可解でした。

だってあの時、彼女は穏やかに笑っていたんですから。


どうしてアユさんが そんな捉え方をしたのか分かりませんが、 私としてはBさんの発言に対して言葉通りの受け止め方をしたよと伝えました。


アユさんは険しい顔つきのまま

「私は別に次男をレギュラーにしたい訳じゃない。身体が強くなればいいって思っているだけ。

でもあんな“向いていない”みたいな言われ方したら よっぽど 周りが迷惑

しているんじゃないかと思うじゃない!」

と返されました。

普段の彼女には見られない言葉の激しさに戸惑いました。


私は ただの意見の取り違えから起こったちょっとした誤解だと思いました。

誤解が解けたら分かり合えると期待したのです。


そしてさっきとは全く違う意味として

「ねぇ。あのさ、それってアユさんの考え過ぎなんじゃない?」

と言いました。

「アユさんは次男くんが迷惑かけてるかもって心配してるけど、本当に

そんな話聞いた事ないんだよね。

それに多分Bさんの言ってた事は、アユさんの思っているような意味じゃないと思う。

少なくとも私はそんな風に思わなかったよ。」

と言いました。


私を見るアユさんの顔に落胆した、軽蔑したような表情が一緒浮かびました。

「あぁ、この人は分かっていない。

」と言うような。


それからは 一転、穏やかさを取り戻しつつも冷めた表情のまま

そうだね、私が変に反応しちゃったよね。ごめんね〜 なんか急に。 

とアユさんに軽くいなされたまま 別れ、帰途に着きました。

家に帰ったもののアユさんの様子が気になった私は 考えた末LINEを送りました。


「今日はありがとう。さっきは上手く言えなくてごめんね。

サッカークラブで二人に何かトラブルでもあったの?もし良かったら聞かせてね。またお茶しようね。」

…みたいな感じの内容のものを。

返信は割とすぐにありましたが、 

今日はごめんね。私の勘違いでした。またお茶しようね。

とごく簡単な文面でした。


私は正直、アユさんを「ちょっと怖い人」だと感じました。

直に接した言葉のキツさや激しさを言っているのではありません。

怒りや不快を全く見せない内側に渦巻いている怒りの凄まじさを怖いと感じたのです。


その後 しばらくして先日のメンバーでランチをする機会がありました。

アユさんは用事があったとかで不参加でした。Bさんもメンバーにいるので、私はどこかホッとしました。


私はアユさんがBさんに対して怒っている事を誰にも言いませんでした。

子供のクラブが同じ二人が気まずくなるのも良くないと思いましたし、秘密を漏らすのは友達としてしたくないと考えたからです。


あれから…何度かみんなでお茶をしましたが、アユさんが現れる事はありませんでした。

私もLINEで彼女を誘いましたが

「ごめんね。用事があって。また声かけてね!」とだけ。

そして娘たちは幼稚園を卒園しました。

アユさんの息子さんと小学校が違うので顔を合わせる機会が減りました

が、それでもお互い生活圏内なので 買い物先で偶然会う事がありました。


遠くにいたアユさんを見つけた私は

久しぶりに会えた事が嬉しくて、手を振りながら「アユさーん❗️」と

近付きました。すると彼女は…


彼女は。

すっと伏し目がちに視線を逸らしながら軽い会釈をしたのです。困った様な表情で。


「…???」

状況が飲み込めない私は、5メートル手前で足が止まり同じ様に会釈を返しました。

するとアユさんは一言も発する事なくその場を去ったのです。


彼女はあの柔らかい拒否を私にしたのでした。

そうかぁ…。何度誘ってもアユさんは来ない訳だと私はぼんやり思いました。

ようやく私は自分が彼女に距離を置かれて縁を切られたのだと気付いたのです。

それは最後に話してから4ヶ月程の事でした。いつか見た光景を今度は自分の身の上に起きているのでした。


なんでだろう?仲良くしてたと思っていたのに。あの時の会話が悪かったの?

それ以前に何か気に触る事したのかな。何度も考えたけれど本当の所は分かりません。


他のママ友とは 卒園後も1年程仲良く付き合っていました。

私はアユさんに距離を置かれた事が結構ショックだったので やはり誰にも話しませんでした。


それとなく 他のメンバーにアユさんが付き合いから離れた話題を振ってみると

「あ〜そうだね。予定合わないみたいだね。忙しいんじゃないの?また今度誘おうか。」と既に彼女の不在を気にする人はいませんでした。

そう言った自然に縁の切れる事は幾らでもあるからです。


そしてBさんとアユさんの付き合いがどうなったのかも知らないままあれから数年間が経ちました。

私は淡く苦い思いを今でも抱えています。


➖で‼️

何故こんな話を書こうと思ったかと言えばですが。

最近人づてにアユさんから「ameちゃん(私)の事で悩んでた時期があった

。」と今更ながらに聞いたのです。

えーー❗️今頃その話?って言うより

もう聞きたくなかったよ〜( ;  ; )

私だって避けられたって気付いてるよ。

お互い生活圏が近いんだもん。会ったら気まずいと今だってビクついているよ!

ムカついたその時に言って欲しかったよ。

と、悶絶しましたね(T ^ T)


同時に アユさんを友達として好きだったので、嫌な思いをさせて申し訳なかったなぁとも思いました…。


苦手な人とは距離を置いてもいい。

無理はお互いの為に良くない。

分かっているんです。人には相性だってある。

私だって そう思えば離れるのだから

誰かが私から離れるのを止める事なんて出来ないんだと。


でも。私は寂しく思ったのです。

友達だと思ったから、もっと仲良くなりたいと思っていたから。


不快だと感じたら それを表にだし、相手に発言の意図を問えば 拗れる事は無かったのかもしれない。

それは 意見のすれ違いやぶつかり合いと言った痛みも伴う場合もあるけれど、分かり合う事や歩み寄りと言う解決に恵まれるかもしれないと

言う事なのに。


ですが大人の世界になると、そこまでして相手と関わる事をしなくなってきています。疲れるからです。


生きてきた年数が長い程 相手の性格や思い癖は固いものになってくる。

相手を、自分を変える難しさを知っているから 作りかえるより離れた方が楽なのです。


それでいいのです。誰とでも繋がる必要はないから。

でも やっぱり 今  私が悲しいとか、寂しいと感じるのは。

アユさんを友達だと思っていたからでしょう。


彼女が本来 持っている激しい気持ちを私が実際受け止められたのか、それは分かりません。

ですがそれは相手が少しだけでも見せてくれないと始まらないのです。


感情をぶつけ合う事がいいのと言っているのではなく、お互いの関係を新しいものに更新して行く為に使いたい。

私は大人になった今でも、大切に思う人たちに求めたいのです。

面倒くさいけど、それは私には必要な事なのです。


笑顔は自分を守る「盾」もなります。

だけど「鎧」にしたら、あなたに誰も近付けません。



滾ってる女②(たぎってる)

春は別れの季節です。折りしも今はまさに卒業シーズンです。

進学、進級などを機に交友関係に変化があるのは子供だけでなく、親の私たちにも大いにありうるでしょう

ね。

皆さんはどうでしょうか?


アユさんがAさんに距離を置いてから すぐに次年度のクラス変えがあり、それ以降二人のお子さんが一緒に遊ぶ事はなくなった様でした。


私の娘はアユさんの息子さんとはクラスが違いましたが、数人のママと共にお付き合いが続いていました。

いつかアユさんに感じた、表には出さない思いの強さも 普段の彼女からは それ以後感じる事はありませんでした。


そして1年が過ぎる頃には ママ友グループだけでなく、個人的にもお茶したり 子供を交えて遊んだり、互いの家を行き来する間柄となり アユさんも愚痴や悩み事なども話してくれる様になっていたので、私としては かなり仲が良くなったと思っていました。

誰かに彼女との事を聞かれたら「あ、アユさんと友達だよ〜。親子で仲良くしてるよ。」位の事は言っていたと思います。


アユさんは変わらず、表だって誰かを批判をしたりするはありませんでした。

例えば グループ内での場で、あるママ友に対し 他の方が

「いや〜 私はあの人とは気が合わないわ。」

と話した時でさえ アユさんは

「…うーん。私はあまり あの人とは

関わってないからね…。どうかなぁ

。」

と明言を避けると言った調子なのです。

つまり アユさんはその人をどう思っているのか はっきりとは意思表示をしないと言う事です。

そして“その意見には賛同しかねる”

時にも彼女は実に柔らかい拒否の仕方をしていました。

困った様に伏し目がちに視線を逸らし首をかしげるのです。

私は 特に意識はしていませんでしたが、その曖昧な表情を見て 今の自分の発言が良くなかったのだろうと察していたのでした。

今から思えばの話ですが。


ある日 行事終わりにママ達とお茶した帰り道でアユさんから相談を受けました。

内容は 彼女の次男君についてでした

アユさんのお子さんは二人兄弟で、

小学生のお兄ちゃんはスポーツが得意で、所属するサッカーのクラブチームでもかなり上手いそうです。

次男君はどちらかと言うと 運動が苦手でおっとりした子です。

少し前に園児の部で同じクラブチームに入ったそうなのですが 中々上達しないとの事で。


最初は どうして兄と違って上手くならないのかな〜。練習も嫌々だしね

〜なんて笑って話していたのですが

、その内に話は思いも寄らぬ方向へと進んで行きました。

「ねぇ うちの次男、みんなに迷惑かけてるんじゃない?

不意にアユさんは声を落として問いかけてきました。

今まで周囲から 次男君について そんな話しは聞いた事がありません。


私が不思議に思い

「え、何で?」

と聞きましたが 彼女曰く 

「次男の体の成長を思ってサッカーをやらせ始めたのだが、一向に上達しない。

練習で皆んなの足を引っ張っているんじゃないか。それで周りに迷惑をかけているのでは」

と心配しているのだと言います。


私はクラブチームについて内情は良く知りませんでしたが、強いと評判とは言え 次男君は幼稚園の部ですし

、数ヶ月前に入ったばかりです。

上達なんてこれからだと思うのですが それらを伝えても何故だかアユさんは納得してくれませんでした。


「…多分、迷惑かけちゃってるんだと思うんだよね。あの子運動苦手だし…。そう言う子いると(練習が)止まっちゃうし」

と同じ様な話を繰り返していました

思い詰めた顔つきのアユさんを気遣って、私は努めて明るく

「またまた〜 次男君のそんな話、聞いた事ないよ?アユさん考え過ぎだってば〜❗️」

と答えたのですが その時、今まで見た事のなかった彼女の中の激しく滾った感情を知るのでした。





















滾ってる女 (たぎって)①

長くお母さんをやっていますと、
子供を通して色々な方と知り合います。いわゆる「ママ友」です。
うちは子供が複数いますので 幼稚園時代から数えると結構な数になります。

子供の年齢が上がると共に疎遠になっていき 数も減っていくけれど、かと言って近くに住んでいれば関わる必要も多々あるので さっぱり切れたりするものでもありません。

そして子供を介しての付き合いは他の友人関係とは少し異なります。
仲が拗れると立て直す事が難しいのは大人だから?それとも「ママ友」の成り立ちが関係を複雑にしているの?
それは分かりませんが 互いに維持していくにあたって今更ながらに私が思うのは
「あぁ、滾ってる女は難しい。」って事です。


「滾る」〜たぎる〜
 ⑴川が逆巻いて激しく流れる。 
 ⑵煮えたつ
 ⑶ 激する気持ちが盛んに沸き起こる

…などなどの意味があります。
私は時々 ママ友に「滾る女」の側面を見つけて、怖いと感じる事がありました。

字や意味合いだけを見ると「喜怒哀楽が激しい」とか「ヒステリック」な方をイメージされるかと思いますが、私が思う滾ってる人は、ちと違います。

例えば好き嫌いがハッキリしていて尚且つ 顔や態度に出す人は意思が大変明確ですよね。
酷い方になると嫌いな相手に悪意を持った態度をわざとぶつけますが
それは性格によるもので今回はまた別のお話。

学校行事などの集まりなどで、ちょっとしたやり取りから 空気が悪くなる時がありますよね。
はっきりした意思表示をする方が
気分を害した様子が有り有りと分かる。
ですが 大体こう言った人は何処にでもいて、周囲も既に気づいている事が多いので、場が荒れない様にと察した周囲の対応により 大きなトラブルに発展する事は意外とならないものです。

まぁ これは周囲の気遣いがあればこそ大事にならないだけですし フォローする方はそれなりに大変で困るので疲れますが。
ただ、このタイプは感情を滾らせたとしてもすぐさま放出するので、激昂した場合には言い分を吐きださせて気分が収まるのを待てば良いのです。
(問題が解決するかどうかは別として)

私が思う「滾る女」は上記のような気性が荒いとか激しい女性を指しているのではありません。

同じ状況にあって
普段温和で、柔和な笑顔を絶やさない人。
滅多に悪口などを言わず、文句も言わない優しい人。
……なはずの、深い穴の中に見えた激しい感情の炎を持つ人をそう呼びます。

でも、それはいつでも「後」になって分かるのです。


かなり前になりますが、娘が幼稚園に通っていた頃に仲良くなった方で
、いつも笑顔で誰にでも優しいママさんがいました。
名前をアユさんと言います。

ある時、同じクラスのママさん数人で 少し遠い大きな公園で遊ぶ企画が持ち上がりました。
私も 彼女も子連れで参加したのですが他のメンバーの中にAさん親子がいました。

Aさんは敷地が広くて遊具もたくさんある公園だと言うのに、なぜか短めのスカートに ヒールが高いブーツで登場。
おしゃれと言われたらそうかもしれないけど ここは公園。
「いやいや場にそぐわないでしょ。
と私は内心思いました。 

格好は人の好みですから 別に構わないのですが、問題はそこではありません。
Aさんは、きさくで明るくて性格も悪くないのですが マイペースで子育ては放任気味でした。
自分の子供が走り回ろうが、誰かに迷惑をかけようが謝りもせず傍観。
転んで泣いたり、愚図っていても遠くから 声をかけるものの動く気配もないのです。
そしてAさんのお子さんも元気な子だったので 危ない遊びをしたり、お友達との小さな諍いが絶えませんでした。
その度に 居合わせた他のママが仕方なくAさんの子供のお世話をする事がしょっちゅうでした。
当時Aさんと仲が良かったのがアユさんで いつも一緒に行動していて、Aさんのお子さんの面倒も良く見ていたのを覚えています。

私も他のママ達もAさんの出で立ちを見て「あ〜今日もあの人は動かないつもりだな。」と悟りました。
案の定、子供達が遊具の順番を巡り揉め始めてもAさんは 知らん顔。
のんびりシートに座りお菓子を食べ お喋りに興じています。
Aさんの子供さんが喧嘩で泣き出しても仲裁に動くのは相手の子供のママだけで、遠くから
「ほら。もう泣かなーい!」と声をかけるくらいです。
いつもの事ですが 今日は喧嘩したお子さんのママはアユさんでした。

仲裁を終え戻って来たアユさんに
 「ごめんね〜。」とAさんが言うと
「いいよ、いいよ。」と笑顔で答えるアユさん。
Aさんは冗談めかして「この靴履きにくくてさ〜。行く前に終わっちゃってたし。」と言いました。

は?何それ。
一瞬 その場の空気が止まりましたが
それを破ったのは「…だよね〜。」と言うアユさんの明るい声。
遅れて皆んなの苦笑いが続きます。

私はいつもの事と思いつつも 、内心は冗談だとしても そんな言い分は無いだろう。とAさんに対し少しイラっとしました。
他の人にも同じものを感じたのですが、アユさんは いつも通り笑顔のまま。

幾ら仲が良いとは言え、彼女はAさんの発言に対しどう感じているんだろうかと不思議でした。
あの場で文句を言って雰囲気を壊すのも…とアユさんは考えたのかも知れませんが、不満に感じたのだとしたら もう少し出してもいいんじゃないのかと思ったのです。

それで二人になった時にさりげなく
先ほどの話をアユさんににふってみました。
と言っても普段二人は仲が良い訳ですから、直接的な批判はしませんでした。
(私の発言がどんな形でAさんに伝わるの分からないからです。)
なので 
さっきの子供たちの喧嘩は大丈夫だった?と言う話から
    *仲裁に動いたのはアユさんだけだったね。
    *Aさんが仲裁に行かなかった理由が靴だったけど、私はあんまり納得出来なかったな。
そもそも公園に行くのを分かってて
動きにくい服装を何で選んだろうね
、困っちゃうねよね〜
…などをやんわりとした口調で聞いてみました。

「う〜ん。Aちゃんはおしゃれ番長だから。私なんか いつも怒られちゃうんだよね。ママだからって気を抜いたらだめだよーって。それに さっきも うちの子が泣いちゃったから、私が気になって行っただけなんだよ。
と、Aさんの発言を怒っておらず あくまで 大したことではないのに、自分が気になったから仲裁に入ったまでの事だと言ったのです。
私もそれ以上は話を続けませんでした。
元々二人は私が知り合う前から仲が良かったので  本人が良いのなら口を出す必要も無かったのです。

…ところが。
公園で遊んで1ヶ月位から 二人の関係に変化がありました。
参観などの行事にアユさんが始まるギリギリか もしくは遅れてくる様になったのです。 
その場で話す人もAさんではなくなりました。

最初はアユさんのお子さんの付き合うお友達が変わったのかな?と思いましたが、みんなで集まる時にアユさんは来るけれどAさんは外れるようになったし、逆にAさんが参加すると決まってアユさんは来ないのです。

つまりアユさんがAさんと距離を置き始めたという事です。
クラス替えを控えてもう付き合いを絶っても構わないと考えたのかもしれません。

正直驚きはしませんでした。悪い人ではないものの、Aさんのマイペースさに合わせ辛さを感じたのかな⁇と
周囲もなんとなく感じていたからです。
ですが 人と距離を置く事が良くあると共に、アユさんの縁の切り方が少々唐突に私の目には映りました。
 ひと月前には二組の親子はあんなに仲が良かった(と思っていた)のに、この短期間に何か決定的な仲違いをしてしまったんだろうか。
あるいは… 

私は思うのです。
アユさんは Aさんに対してずっと怒っていたのではないかと。少なくともあの公園での出来事に対しては怒っていたんだろうな、と。
我慢の許容量をついに超えてしまったのでしょうか。
ただ私達が思っていたよりも彼女の不満や怒りは深かったのかもしれません。
最終的には一緒に通っていた子供の習い事も何も言わず辞めてしまったそうです。
Aさんの「辞めちゃったんだって?」のメールに 兄弟の他の習い事の送迎が忙しい旨の返信があったそうです
園内でのお子さん同士の仲は変わらないのかもしれないけれど、それ以外では 遊んでいるのを見かけた事はありません。
この年代では 親の付き合いが切れると 友達が変わる。そう思うと何だか寂しい気持ちがしました。

少しだけでも不満を出しても良かったんじゃないかな。
何処に対して自分は嫌だと感じるかを相手に伝えれてればこんな風に気まずく別れる事にはならなかったのかもな。
と、私は漠然と考えました。
アユさんの笑顔は周囲への気遣いであったと思います。
でも その反面、負の感情を見せない為の鎧だったんだろうなと思いました。
公園で嫌な思いをした時でさえ ずっと笑顔だったの思い返すと 彼女の身の内に煮え滾っていただろう感情の激しさを想像して「…あ この人、少し怖い。」そう思ったのです。

でも 実際それが分かったのは やはりずっとずっと「後」の事でした。



春はすぐそこ?

お久しぶりです❗️

2018年もすっかり明け、すでに三ヶ月経とうとしていますね(^_^;)


私はと言いますと昨年冬から精神的に引きこもっておりました。

と、言っても子供がおり地域の関わりもあるので むしろ忙しく動き回っていましたけどね。

でも 今から考えるとそれが良かったのかもしれません。

毎日の決まったルーティンを守る事が 結果として生活が大きく崩れるのを防いでくれたんだろうと思います

昔から言われている「規則正しい生活を送る」ってやはり大切なんですね。

(ちなみに今回 私が精神を大きく崩さなかったのは “たまたま”の事だと思っています。心身共に疲弊している場合は休養するべきです。)



私が精神を崩した理由は夏に父を亡くした事ですが

「父を亡くして悲しい」と言う事実ではなく、私の両親を嫌う夫から 父の存在なんて 元々なかったかのように扱われている事に寄るものでした。


「元々 家とは関係ない人だからいてもいなくても不都合はない。

子供を含め、日常生活は穏やかに行っているじゃないか。問題ないだろ。

そんな夫の考えが透けて見えるようでした。

父を悼む言葉すらありませんでした

からね。


あんまりの仕打ちに愕然としつつも

事を荒立てれば 夫の怒りの矛先が子供に向かうので何もなかったように振る舞うしかなかったのです。

子供達も察して家庭内では祖父の話をしません。

私は悲しい感情も、父をないがしろにされている怒りも飲み込みました

夫はそんな家族の様子を良しとしているようでした。


その内に

私は何にも感じなくなり、 無表情になって行きました。

「悲しいと感じるのは私だけ?こんな風に思うのは 私がおかしいの?」

ただ漠然と思うようになりました。


それでも 何とか持ち堪えられたのは家庭状況を話せる友達のおかげかな

…。

それに 子供たちに変わらぬ日常を送らせるのが母としての仕事だと思ったからこそ、地域や周囲の関わりのを断つ事をしなかったのです。


私の身内に不幸があった話は程なくして知られましたが、家庭内の揉め事を周囲の方々には もちろん秘密です。(夫の地元ですしねー(~_~;))

 噂されるのも嫌だし  知られれば、かなり引かれるような内容でもあるからです。


ただね、どんなにしんどくても笑っていると案外人は気づかないものなんですね。

普段 ロボットみたいな私が、家を出た時は努めて笑顔でいました。

 体裁を取り繕う為だとしても、明るく振る舞えば何もなかったようになる。

周囲が認識している明るくて ちょっと抜けている「いつもの私」のままでいられる。

それがちょっとだけ心地よかったのかもしれません。

実際は精神的にズタボロで倒れないようにするのがやっとの私だとしてもです。

「気づかれていない」

それで救われている部分もありますし、また傷つく時もありました。

人(私)って、本当に勝手なものですね〜


でも 今から考えると、その頃の私は目の焦点が合ってなかったと思うんです。

気持ちがついて行けずに、無理にテンションを上げては  どっと疲れたり、他の人との関わりでも 後になって思い返して落ち込んでみたり。

そうなると、人との距離をどう取っていいのか分からなくなってしまうんですね。

不安は自信を奪い、更に不味い対応をしてしまう。

まさに悪循環です。

家庭とは別の場所であった問題(私だけが感じてる失敗ですけど)が どんどんと積み上がっていく感じでした。


この頃は こうやって言葉にする事もしんどくて出来ませんでした。

言葉にする事は 事実を見つめて、考える作業が必要だからです。

だからblogも友達も少し離れていました。


ですが、 今の私は少しづつでもいいから 進んで行きたいのです。

何に向かって行けば良いのかは分かりませんが。

とにかく歩を進めようと思います。


春は見えないけど、もうすぐそこに来ているのでしょうか?






また、やり直しなの?

普段、子供達を心配している私ですが それは自分が歩いてきた道のりが

決して平坦な物ではなかったからです。

ADHD(注意欠如多動症障害)の特性

を持つ私が「自分は これでいいかな。」と思えるまでには 長い時間が必要でした。


思い返すと、幼い頃から中学生くらいまでの間は如何に学校などの集団から外れないかが概ね「普通」の基準でした。

子供がうじゃうじゃと多かった時代でもあり、大人には扱いやすい子供が“いい子”であった訳です。

(それに反発した子達がヤンキーと呼ばれ校内暴力の吹き荒れてた時代でした。)

集中力が切れやすく、授業中は上の空。その為に行動も遅れがちになる

。そのくせ言語の遅れはなく、むしろ達者で 本質を鋭く付いてくる。

発達障害などの子供は 世間の持つ“ぼんやりしている”と言ったイメージと違って実際は勘が鋭い子が多いように思えます。

ある種のこだわりがある分 ごまかしが効きません。

率直に疑問を口にしますしね。 

一般的にそれらは、素直さを欠いた

「子供らしくない・可愛げがない」と言われ 反抗的な子供だとされていました。

揉めてる相手の大袈裟な嘘泣きを見破って容赦無く指摘しちゃうと

大人は大概 

「その人の立場になって考えてみなさい!人の気持ちが分からない子だね。」となるけど

いやいや嘘泣きです。向こうに非がありますよと言った所で

その態度は何だ、と批判され 悪いのはこちらになるのです。

大体は「嘘や真実」をすっ飛ばして 場を収める方を優先しますから。


良いように動かしたい大人にしたら、まー 面倒くさい存在なんです。大人になった私も 今は多少気持ちは理解できますけれど( ̄▽ ̄;)


そんな面倒くさい、規格内に上手く収まらない私は、大人(ここでは 主に先生)にはズレた子と認識されていた様に思います。


そして子供の世界においても若干浮いてましたね 私。

例えば、誰かを的にした遊びの意地悪も苦手でした。

私たち仲間だから そうじゃないあの子は無視しよ〜。友達なら普通やるでしょ、うふふ。が私にはいまいち分からないのです。

え。ふつう?それって普通なの、どこら辺が?

喧嘩なら それ相応の理由があるはずなのに、

今で言う「空気を読んで」みんなで一緒になって攻撃する仲間とのコミュニケーションとしての意地悪には 悪意のみで 理由はないからです。

特別な理由もなく 人が嫌がる事していいのか? そんな自分の正義感や疑問が勝っちゃって参加出来ないのです。

でも 加わらないと やっぱり周囲からズレてると言われちゃう…。


そこに 不器用とか 話聞いてないとか

の特性が絡んで

「何かameちゃんて変わってるよね〜」「普通じゃない〜」とか言われていました。

中学生までは やはり この発言が正直

怖かったです。

現在より大雑把な時代ではありましたが、子供の個性を尊重される事は

なかったと思います。

皆が足並みを揃える事のが重要でした。子供多いし。

周囲も親も「大多数が正しい、それ以外は はみ出し者」と言う考え方が

まかり通っていましたから。

その中で 浮いているのは 人としてダメに等しい。本当に恐怖でしたよ〜


この時代には発達障害は あまり広く知られていませんでした。

何となーく出来ない子もクラスにはチラホラいて、問題の原因は性格か

頭の悪さから来るものだと思われていました。

守って欲しかった親にも「人並みに!」「普通なら出来るじゃない!」「みんなと同じ様にしなさい。」と良く叱られました。

だけど、こちらは分からないのです。

誰も当たり前だからと具体的に説明なんかしないし、そもそも明確な基準もないんだから 周りを見回してとりあえず同じ事をしてみる。

でも 自発的な行為じゃないから 遅れを取る、不具合が出る。

→敢え無く失敗❗️


みたいなのの繰り返し。

そうなると、親は更に何故みんなと同じ様に出来ないんだ?となじる…

親くらいは それでいいんだよ!と言って欲しかったですけどね〜

自分はダメな子なんだ。ひねくれてるんだ。

思春期も手伝い、気持ちは荒れていました。

素直さがないって言われるけれど、

思ったままの発言をしたら怒られる

。個性は大事!と言うけど、人と同じ事をしないとダメだと言われる。

これじゃ自尊心とか自己肯定感なんて、育つ訳がありません。


この頃の私は 自分は普通じゃない事がバレないかいつも不安でした。

一方で 押し付けられる「普通」の檻を窮屈に思っていました。


ところが、高校生になるとそんな私は周囲から面白がられる様になりました。

地元の高校ではなく 少し離れた私立高校に進学した為、学校の雰囲気も

集まる人のタイプも大きく変わっていました。

相変わらず周囲との多少のズレは感じていましたが、それでも「あなたは そう思うんだ?へぇ〜。」と違いを受け入れて貰えた事は大きかった

。発言も要領の悪さもameらしいわ

と笑ってくれたのです。


勉強が出来る子も 補導されまくりの子も 真面目な子も ヤンキーもいる。

色んな人がいる中で、少しくらい風変わりな子がいても許される気がしました。

知るって大事な事です。


「これもアリなんだ…。」

生きて行くには正攻法(自分には絶対的に無理!!)以外にも私の走れるルートがあった。みたいなもんです。

この思いつきは 私を変えました。

今まで 私が居た場所では ほぼ決まった方法で、不利なルールしか提示されて来ていなかったから…

そこから 急速に外の世界に興味が向かいました。



だからと言って、その後劇的に私の何かが良い方向に進んだ訳ではありません。

世間はそんなに甘くありません。

成績も良くなかったし、入学して暫くは学校は嫌いでした。

正規ルートでは 私はズレている事に変わりはありませんから。

ただ、普通の呪縛は解けましたね。

マナーとか振る舞いなど失礼にならぬよう心に留めておくぐらいで問題がないと思えるようになりました。


それから 自分の周囲の人達が私の「ズレ」を気にしなければ 「ズレ」にならない事にも分かりました。

これは短所と言葉を置き変えて貰うと分かりやすいと思います。

「ズレ」によって、良くない事をした場合には、ちゃんと注意してくれる 信頼出来る人間関係を築く大切さを知りました。


私は 長い長い時間をかけて、自尊心や自己肯定感を再構築して来たのです。

苦しかった「普通」は 私に取ってただの縛りだと。

そんな心に留め置く位であった柔らかなリボンを 鉄の檻に戻したのは…

結婚であり、母と言う立場でした。

そして「母親なら当然の事」と言ってのける夫でした。


また、やり直しなの?


この勝てないゲーム、やる気ないけどな。力無く呟く日々です。













「持ちつ持たれつ」は持った人しか言ってはいけない

我が家の子供達の通う書道教室では

きょうだい間でのみ、曜日を交代する事が出来ます。

個人の教室だからこその臨機応変なシステムで、事前連絡も必要がなく部活や他の習い事、行事などで忙しい子供達が長く続けられる理由の一つになっています。


今回、中1の長女りーが学校の委員会の都合で、小3の次女しーちゃんと曜日を交代をしたいと言いだした事から話は始まります。


この所長女の都合で、しーちゃんは曜日を交代させられる事が度々ありました。小5の息子るーは長女と同じコマで受けているので交代要員にはならないからです。

しーちゃんとしては 授業が多い曜日に習い事があるのは嫌だと言うのですが、交代する理由が遊びでなく委員会や、学校行事等に寄るのものなので 私も何とかなだめすかして行かせていたのでした。


嫌がる理由は他にもあって、それは

長女が交代を当然の様に命令すると言う点です。

長女の頼み方と言ったら

「私は委員会の仕事があるの。これ、休めるものじゃないんでね。仕方ないから。」

と、まぁ こんな感じです。

少なくとも相手に“頼んでいる”姿勢には思えませんよね。

つまり説明をちゃんとされず、雑に扱われた挙句 感謝もされない事に しーちゃんは腹を立てているのでした

だって、小学生のしーちゃんには中学校の委員会の事情なんか正直、知ったこっちゃないですもん。

はっきりしているのは自分に皺寄せが来ていて、迷惑を被っているって事。

このやり取りに毎回頭に来ていた

しーちゃんはついにキッパリと私に断りました。

「私、やだ❗️交代しない。」と。


一見すると、聞き分けのない我儘にも取れますが 私はそう思いませんでした。

今回の交代に関しても、事前に私は長女に何度も念を押していたからです。

「交代して欲しいなら、しーには理由をきちんと説明してね。それから ちゃんと了承を得る事。」

当日の朝も 私の問いかけに長女は曖昧な返事をしていました。

「う、うーん。しー分かってると思うよ?だってうなづいていたもん。

むむ、怪しいなぁ…??

ですが そこで私は敢えて突っ込みませんでした。


そして帰宅した しーちゃんに習字に行くよう促すと、上記の返事が返ってきた訳です。

お姉ちゃんと話した?と聞くも、私は承諾した覚えはないし いつも命令されるのがムカつく!と予想した通りの理由でした。

一通り説得を試みましたが、しーちゃんは譲りません。

 「これはもう致しかない。」が私の正直な気持ちでした。


しーちゃんには「今日の交代はしなくても良い。ただし 来年はあなたも高学年だから、お姉ちゃんの都合と関係なく 今後習い事の曜日や時間が変更する場合は受け入れて欲しい。

と話し、今日は欠席としました。

長女は帰宅し事の次第を聞くと怒り出しましたが 私はとつとつと話し始めました。


では。文句を言う前にちゃんと妹に対して説明をしたのか?

そしてちゃんと相手は納得して了承を得たのだろうか?

あなたは、相手が自分よりも年下の妹だからと甘く見てその手間を省いたんだよね?

「書道を休みたくない。だけど こう言った理由があって間に合いそうにない。申し訳ないけれど 明日と変更して貰えないだろうか。」

そうきちんと説明し、丁寧にお願いする必要があったのではないか。

納得も了承も得てないのに、要求が通らないからと言ってあなたが怒るのは ちょっと違うんじゃないの?

と 話すと長女は黙ってしまいました。


そこで「持ちつ持たれつ」の言葉を

挙げました。

意味は“互いに助け合う様”と言うものですが ポイントは「互いに」です。

これはあくまでお母さんの考えだけど…と前置きし、

「持ちつ持たれつと言う言葉はね、

“持った(負担した)”人しか使ってはいけない言葉だと思うんだよね。互いに助け合っているから使える言葉であってね。

担わない、力を貸さない人が この発言をしたら“何もしないくせに、お前が言うな❗️”って多分周囲から反発喰らう事になると思う。

相手の大変さを理解した上で お互い様だよって手を貸す事を言うんだよ。」

と、話しました。


長女に伝えたかったのは 互いに助け合う関係を作って行く事の大事さでもあります。

それには普段から 自分も相手を助ける、フォローする必要があります。

時には損な役回りだってあるけど、後々自分が困った時に「お願い!

」と言いやすい雰囲気を作っていく

事が結局は自分を助ける術になるからです。


生活の中で“姉である”長女が妹の面倒を自然と見てくれているのは分かっています。

でも “姉”であるが故に有無を言わさず意見や要求を押し通している部分も多々見受けられます。

長女も 相手が友達なら こんな「横着なやり方」をしない筈です。

ましてや今回の曜日変更は、長女からのお願いなんですから。


…と、話すと 長女は憮然としていましたが それ以上の文句は言いませんでした。

そこで以前から思っていた提案をしました。

中学生になった事により、今の時間帯では習い事を続けるのは難しいと思う。

そこで

⑴ 級も取得した事だし、書道を辞めて他の事に時間を使う。


⑵ 遅い時間帯に変更できるか聞いてみる。

を、挙げました。

 

私としては長女も中学に入学してから生活が変わり普段の時間もかなりタイトなものになりましたし、そろそろ他の事にウェイトを置く時期が来たなと思っていたのです。

しばらくは 曜日交代で様子を見ていましたが、もう書道そのものを辞めても良いと思っています。


長女の出した答えは「続けたい」でした。もっと書道が上手くなりたい

、自分にとってリラックス出来る時間でもあるから、と。

その為に遅い時間帯であったり、幾つかが重なっても頑張るそうです。

それならば 書道の先生に相談してみようねと言う話になりました。


今、長女は思春期の反抗期の面倒くさーい時期を迎えています。

親は見守り態勢で乗り越えたい所ですが、随所で「対処の仕方」を伝えるべきだと考えています。

今回は姉と言う名の権力を使い、(まぁ、甘えですね(^_^;))助け合う関係性を構築する手間を何度も惜しんでいるので、親として「カマした」訳です。


ただ 力加減が本当、難しいんですよね〜  正しいだけでは 相手に伝らないですし。

元々難しい長女には これからも何かと大変そうです。

母も模索中です…(−_−;)