…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

評価の判断材料

嬉しい事があったら共に喜びたい。

悲しい事があった時は分かちあいたい。

私は 自分の親しい人とそれらを共有したいと言う思いが強いです。

(面倒くさいとお思いでしょう(^_^;))

普段の生活でも感じた事や、思い出話、夢に見た内容まで子供と良く話しています。


夫とはここ数ヶ月、ようやく世間話ができる位になりました(私としてはです。)

それでも言いたい事が殆ど言えず、言葉もたどだどしく、語尾は尻切れトンボの様に終わってしまいます。

普段のお喋りな私は一体何処に行っちゃったのだろう?と不思議な気持ちにすらなります。

でも今の私は 夫とあまり話したくありません。

共有したいとも思わなくなりました。


それは 多分 常に一方的に評価されたり批判され続けて来たので、相手にもう余分な情報を与えたくないと感じているからでしょう。

しかも、その判断の基準が一般的な物ではなく 相手の考えや機嫌に寄って決まるのも重要なポイントです。

つまり、その「人」次第って事。

一つの出来事を どう捉えるのか、どう転ぶかをこちらは予測出来なきないのです。

批判される方としては非常に不利と言えます。


例えば参観日。

子供の成長を間近で見られる良い機会だと思いますが、残念ながら我が家では そんな感慨に耽る時間にはなりません。

幼稚園の頃は製作が多かったのですが 「先生の話が聞けていない。」

「あのハサミの使い方は何だ。」「

次の工程が分かってないんだ、だから作業が遅れてるんだよ。」と夫は子供の行動に逐一文句をつけていました。

子供の頑張りを笑顔で見守るご家族の中にあって、何で…。

横にいると本当に暗〜い気持ちになりました。

他の人に遅れるのは、出来ていないからだ❗️先生は迷惑な子だと思っているぞ❗️

と帰宅後にお説教が待っているからです。

本音を言えば私だって子供が苦手とする部分は目に付くけども…  

普段の様子や このクラスが本人にとって、どんな場所なのか知る事が出来る機会なのに。

こんな調子で発表会や運動会などの楽しい思い出のイベントも、子供達の行動チェックに早変わり…。


だから 子供達は行事に夫が来るのを嫌がる様になりました。

小学校に上がると、行事等の日程もそれとなく言わなくなりました。

(会話の中で行事の内容をざっくりと知らせてはいます。)


そして、私もいつしか夫に子供達の

トラブルや問題については話さなくなりました。

本来は夫婦で絶対に共有すべき情報であるはずのものですが悩みへの共感や解決を求めているのに対し、

私の取った行動(対応)が正しかったかを批評して行かれるからです。

夫は意見(指示)のみをザーッと言うだけで 自分が行動を起こす訳ではないんですよね。

しかも根底には「子供の問題の要因は母親の資質に問題があるからだ。

と言う考えを持たれていると知っていたら わざわざ話をしようとは思わないでしょう。

もう私は、自分や子供の日常を評価されたくないと思っていました。


これ、家庭の中で私だけかと思っていましたが、最近子供達も同じ様に感じているんだなと気付きました。


先日、中学生のりーさんが描いたポスターが地域にある施設に貼り出されました。

授業で描いた物で、学年から数名が選ばれたそうです。喜ばしい事ですよね❗️

娘りーも喜んではいましたが、私がじゃあ家族で見に行こうよと言うと

真顔で「言わないで。お父さんには知られたくない。絶対言って欲しくない。」と答えました。

素晴らしい事なのに、どうして?

お父さん喜ぶよ、褒めてくれるよ!と話したのですが

そんな事ないよ。お父さんは この絵が本当に選ばれたの?もっとここは丁寧に塗らないととか色の工夫が足りない。とか色々言われるに決まっているよ。

だから、知られたくない。

娘は言わないでを繰り返しました。


単純にアドバイスと言う名のケチを付けられたくないのと、一所懸命に

創り上げた作品の世界を守りたいと言う 描き手のささやかな抵抗でもあったのだろうと思いました。


娘は『良い事』なのに何故、夫に伝える事を頑なに拒んだのでしょうか

。それは、悪い事だけでなく、良い事も評価の判断材料にされるからです。

批評されるって言うのは、しんどいものです。

それも会社や学校などの外の世界な

らともかく、ここは家庭です。

失敗しても許し、許される場でなければ ただの息苦しい囲いでしかありません。

上がり下がりするグラフに安心は宿りません。


そもそも親だけではないはずですよね?

親だって子供に評価されているはずです。だとしたら、どうなんだろう?

私は…怖くて聞けませんけどね。

やっぱり、家族内の評価は私には

必要ありません。




娘の口撃

私の記憶が正しければ、長女りーのイヤイヤは一歳半年頃から始まりました。

魔の二歳児とか三歳児、なんて話を聞くと「うちは早くて〜」なんて困りながら話したもんです。

以降 嫌々の時期は 中学一年の今日まで継続中です。


え。それ性格なんじゃないの?

もしくは 特性なんじゃないの〜??


…かもしれないけど、そうじゃないのかもしれない。

原因は分かりませんし、私としてももうどっちだっていいのですけど。

日常生活を共にする家族としては、対策とか対応の方がよっぽど重要です。


そして現在、中一の娘の態度や言葉のマズさは更に激化しているのですね〜

「反抗期」=思春期の特権と勘違いしている節があって、態度や発言をたしなめると

「はい、ごめんなさいねー(棒読み)

私  今、反抗期なんで。」と返す訳です。

すごくイラッとします(−_−#)


しかもこの態度は私ときょうだいのみにしかしません。 

発言や態度のマズさは無意識で出ていますが、この返しを夫には絶対しないし(面倒を避ける為)

学校では 長女はどちらかと言うと、ずっと優等生タイプでいるので 

まぁ甘えているんだろうな、分かりやすい反抗だとは思うけど。


思うけど❗️やっぱりムカつきますっ。

多分向こうも、良く分からないものに対してムカついているんでしょうけれどね。

長女は元々拗らせると 長く引きずり、尚且つ その後甘え出す面倒くさいタイプなんですよ。

毒を吐いて 叱られ反省し、甘え出すのは ようはデトックス的な行為でありスッキリしたと言う事。

ただ 本人はスッキリしても 毒に当てられる周囲はたまりません。

文字通り言葉によって攻撃、いえ口撃を受けるのですから。

きょうだいにも 八つ当たり気味に喧嘩を吹っかけてくるので揉め事の仲裁が普段から絶えないのも問題です 。


うまく周囲に甘えられず拗らせ女子の長女りー。

それがまた 私の幼い頃にそっくりで(^_^;) これが本当の近親憎悪?


多分母も  私の扱いが大変だったのは想像がつきますが、それでも まだ対応に関しては、私のが幾らかマシなんじゃないかな〜とは思います。

なぜなら 原因を「性格」に求め過ぎないから。


気質は生まれ持ったもので、本人以外の他人が変えるなんて難しいのだと知っているといないとでは随分違うと思います。

ここに重点を置き過ぎると

「私(親)の言う事を聞いていないのか?馬鹿にしてるのか?」 

のようにも取れてしまいます。


だから私が許容範囲が広いのではなく、別の面から考えられる視点を持つ機会があったと言うだけ。

それでも ヤラかします。ガンガン怒鳴ったりもします。


昨夜も寒くなってきたからと、制服の下にきるアンダーウェアを用意したのです。

長女の学校では 防寒着としてコート、制服の下にはトレーナー及びセーター、ベストの着用が許されています。

これらを着るにはまだ早いかな?と

思い アンダーウェア(肌着、下着として)用意したんですが…

「私、着ないから!」と長女は言いはりました。


その理由がおかしなもので、制服について書かれた説明には アンダーウェアOKとは書かれていないからとの事でした。

寒いならセーターとかじゃなければダメだと。

お母さん分かってないくせに❗️と。

激しく抵抗。何故(T . T)


私はもっと寒くなればセーターやコート類の防寒着を用意する考えがある事、アンダーウェアに関しては下着扱いなので着る、着ないは自由だから記述がないのだと伝えました。

大人だとセーターなどの毛糸素材を肌に直に着る人はあまりいない。

チクチクして痒かったりするから。

これは経験から知る事で  わざわざ書くようなものでもないという事

。(ちなみに長女は感覚過敏で首元に

当たるのを嫌がります。)


ここまで説明すると、どうやら母の言い分が正しいのかも?と理解したようでした。

でも 引っ込みが付かなくなり 形成不利になったと感じた長女は一転、理由を次々と言い始めました。


セーラーの襟元から見えるから。

首がギュッとなるから。

「アンダーウェアはVネックだよ」

Vの所が寒いから!

「セーラー服の作りは そこまでくくれてないよね?」

まぁ、次々答えて行くわけですよ。

最終的には、

私だってアンダーウェアがどういう物かって最初から知っていたもん!お母さんが勝手に話し出すからじゃない。

…と言い始めました。疲れてきた私は 

「アンダーウェアに関しては着るも着ないも、好きにすればいいよ。

中学校の事は詳しくないから、お母さんも色々なママに教えて貰ってるんだよ。

あんたが それでもお母さんは分かっていないと言うなら お友達に聞いてみたら?どんなのならいいのか。

金額の折り合いつけば 買ってもいいんだし。と伝えました。


そして、それとは別で 気になる態度として 話の入り口で相手を締め出すはやめて欲しいとも伝えました。

まず 話を聞かなければ その後の判断をする事も出来ないのだからね。 

受け入れるも、反発するもその後の事だよと。


それから言い争っても 家族だし話が終われば 元に戻るとしても

親だから、家族だからと失礼な態度を取ってもいい理由にはならないのだよと。

親しき仲にも礼儀あり。 


私はその後、長女を軽く無視してしまいました。

いつもなら空気を変える為に、わざと普通に振る舞うのに。

それも「お母さん怒っていたのに、しばらくすると ふざけてる〜」なんて言われたから。

娘よ、わざとやってるんですよ…(-。-;


思春期はかわす技術が必要になるらしいけど…

あぁ、その壁は私には とても高いです。


















洗濯物に関する無限ループ。

久々に晴れました。

張り切って洗濯物三杯洗いました!

干すところに困っています。

明日から また雨が続くようです。


前回、洗濯物の生乾きの匂いに対し

「私の洗濯の仕方が悪いのでは」と夫から言われた事について書きました。 

やり方によっては 多少抑える事が可能かもしれさませんが、

生乾きの匂いは自然発生するものだと思います。


ちなみに生乾きは雨が頻繁に降っていたり、梅雨の時期に良く起こる問題ですけれど 夫の不満はそれだけではありません。

服が匂うのだそうです。

しっかりと乾いた服なのに、汗をかくとイヤ〜な匂いがする、と。

手拭きなどのタオルでもありますよね?

何度も使うと水分を含んで雑菌が増えて 悪臭を放ちます。

そんなので顔を拭くと最悪ですよね〜❗️か、顔がクサイ(T ^ T)


あれと同じ現象が、着ている服に起きるんだそう。

しかも身に着けている訳だから、動けど止まれど匂いが離れず苦痛だと…。

確かにずっとあの匂いに付きまとわれては気の毒ではあります、が。

→「洗濯が下手」が原因にはなるまいと言うのが私の言い分です。

ちなみに、夫はキツイ芳香剤の匂いが苦手だそうなので 良くある「香りつき柔軟剤」等は使用できません。

その気持ちは分かるけど 我が家にこそ必要なのでは〜??


普段我が家では、天気が良ければ

洗濯物はベランダに干しています。

その場所でも陽が最もよく当たる

前面の竿に夫の服、もしくは厚手の物を干すようにしています。

つまり何より夫の物を優先しているのです。

もう陽光独占です!!!(ちょっと盛りました(^_^;))


夏なんてカラッカラまで干しますが「汗かいて〜etc」の文句を聞くのは、同じ夏なんです。

もちろん散々洗濯用洗剤を試しました。でもダメで。

ネットを見たり、親にも聞いてみたり。

一度  昔、私の実家に泊まった際に

私の母が 夫のポロシャツをワイドハイターを薄めた水(バケツ)に一晩つけ、洗濯機で洗う方法で洗濯をしてくれましたが 夫曰く「やはり臭う」と。

この方法、ネットでも見かけましたし 母も大体これで匂わないよと言う

方法だそうですが、うちでは残念ながら効果はありませんでした。

一度こうなってしまうと、水分を含む度に匂うものらしいです。


ここまで来て考えられるのは。


夫自身です。


ポロシャツを直に着ているからじゃないの?

肌着やTシャツ着たら?

何度も夫にぶつけました。汗をダイレクトに吸い込めば そら匂うって!

でも 夫は「暑いから」を理由に拒んでいましたが、数年前から夏には薄手のシャツを着てから ポロシャツを着るようになりました。

よっぽど臭かったんだろうな。


まぁ、服の着方にも多少問題があっ

たと思いますが それだけではなく。

夫は夏には汗をかくので着替えもかかしません。

清潔なのに、匂うのは年齢に寄る所も多いに関係していると思われます

。汗を良くかくのは子供も同じですが 乾かした洗濯物が臭うなんて、ありませんでしたから。

「洗っても臭い」みたいな。

年齢を重ねて汗の匂いが変わってきているんじゃないかな。

科学的根拠に乏しいのですが、そんな話をチラホラ耳にします。

「夫が入ったお風呂、匂いが何か違うんだけど。」などなど。


中高生男子も相当匂うけど、また違う匂いな訳です。

義母にも同じように相談したら「え〜、何で?うちでは洗濯物が匂うなんて無かったよ?」と後日 消臭ビーズ入りの洗剤を頂きました。

「これで大丈夫だから、一度使ってみて〜」と。

うん… コレ、使いましたが効きませんでしたよ?

義母さんの中で、夫は高校生の頃のままで止まっているのかしら。


それとも、私が洗濯…下手?

って、洗濯に下手って何だ?


あ、無限ループに入りそうです。

洗濯機並みの。







妻への不満は生乾きの匂い

雨続きです。もう連日の事なので洗濯物がちっとも乾かず、暖簾の様にかかっています。

洗うものは毎日出るけど、乾かす場所がない…

季節外れの扇風機をフル活動してもカラッと行かないのが悲しい(T . T)

フニッと湿った感触が更にやるせなくします。


そして何と言っても気になるのが生乾きの匂いです。

せっかく洗って綺麗になったはずなのに、あのイヤ〜な匂いがすると一気に凹みます。

この問題を憂鬱に思うの私だけではないはずですよね?

そうじゃなかければ、世の中に「部屋干し」の冠がついた洗剤に溢れている理由が見つからない❗️


きっと、きっとね。主婦には切実な悩みだと思うんですよ〜

こう言った問題の矛先は「主に家事をする人」に向かうからです。


「ね〜 なんか臭いんだけど。どうなってんの?」

➡︎水分があると菌が繁殖するんです。

「本当に洗ったの〜?ちゃんと洗えてないんじゃないの?」

➡︎ええ、洗いました。洗濯物に残る水分や 部屋干しをすると部屋の温度は下がり、湿度が高くなるので菌が繁殖するって言う寸法です。


…とQ&A的な不毛なやり取りが交わされる事になっていると思うのです。

でも原因を理解されていても

「あ〜そっか。なるほどね☆」と

相手の納得、あるいは怒りの矛先から逃れられる訳じゃないのがね…。

(え、これ我が家だけかしら??)

私は夫から「 洗濯が下手なんだよ」って言われましたよ?


洗濯物において失敗とは、例えば色

の濃い物や柄物などと 白い服を一緒に洗い色移りしてしまうとか セーターの洗い方を間違えて縮ませてしまったとか… そう言った類いだと思われます。

私は意外とそう言った失敗は少ないのです。

それでもって「洗濯が下手」って何だ???

洗濯に下手ってあるの?

生乾きは自然現象じゃないのかな。

私の手によって生み出されている悪行になっているのだろうか…。


解決方法として熱湯消毒すると良いそうです。はい、夫からのアドバイスです。

乾いていると思っていても、仕事中に汗をかくと また匂いを発するそうで、とてもじゃないけど着られないそうなので。

時折夫のポロシャツを大鍋でグツグツ煮ます。

分かりました。ハイ、分かりました。と言って。

思っている程手間ではありません。でも、面倒です。


お察しの通り、夫の服のみしています。

この点はまた次回にでも触れたい問題ではありますが つまり、洗濯物において私(妻)に対して不満を漏らすのは夫だからです。

洗いあがったら なるべく早く干すようにするなどの対処も大事だと思います。

エアコンと扇風機のダブル使いで乾かすのも必要です。

ただ、洗濯物を優先するあまり 一日中 子供達が過ごすリビングでそれを

した所 子供は風邪を引き 熱を出してしまった事も。

(私は 人がリビングにいる日はやめようと言いましたが聞いて貰えず、夫は決行し 熱を出した子供は体が弱いと叱られました。え〜(−_−;))

何事も程々が良いと言う事です。


夫が「む、臭うな。」と感じる時、

子供も私も同じ様に感じているのです。

ただ 匂いに対して不愉快に感じているだけで、誰かに対して向ける事でもないよねって思っている。

意見が素直な感想であったり、対処していく為の問題提起であったりするのは構わないのですけど、行なった人へのただの文句にされちゃ困る(と言うか、私は嫌だ。)のです。

子供もね、

「まだちょっと湿ってる〜」

「なんか ちょっと臭い〜」とは言いますけど、それをお母さんのせい❗️とは思っていないと思います。

香付きの柔軟剤のCMが幅を利かせる昨今、それくらい子供だって分かるでしょう。

そして 夫は、香りがキツイと柔軟剤等を嫌がるので我が家では使えません。


普段上手に?干しても感謝もされなくて、上手く出来ないと文句を言われる。

何でだよー!同じ事やってるじゃん!と嘆く私に今日も涙雨が降る。

「強者」故の苦悩

秋でーす。行事が多いでーす。

このくだり…最近多いですね(^_^;)


先日あった中学校の体育祭(我が家では初)は今までの 皆んなで楽しむ運動会とは若干違いまさに競技でした。

「競う➕クラスの団結力を高める」

みたいな。

我が家の長女は一年生でしたので

三年生の残り少ない貴重な思い出作りや 、受験がなく楽しくて仕方ない二年生のような 盛り上がりではありませんでしたが 競技に真剣に挑み、

皆でクラスの戦果に一喜一憂し、白熱しているなど中々見所がたくさんありました。

私としても、知っている子が出場していると クラス対抗など忘れ つい、応援してしまったりして。


中でも盛り上がったのが、やはり三年生のクラス対抗リレーでした。

花形競技ですし、何と言っても、中学最後ですからね❗️

そして得点が加味される、最終種目になっています。

みんなの興味が集中するはずです。

その盛り上がりは、他学年の保護者の私にまで リレー選手やアンカーの生徒さんの前評判とかも聞こえてきちゃう位です。

しかも、仲良しママの息子さんもリレーメンバーだそうで。

「あんなに幼かったあの子がね…。

」育ててもいないのに感無量です。

(こーゆーの 母たちにはよくある事です。)


ただ、気がかりだったのは。

その息子さん「ヨシミチ君」は足を痛めていたのです。

バリバリの体育会系の彼は 今年の夏に部活を引退しました。

数ヶ月運動不足の状態に体育祭の練習が始まり、肉ばなれをおこしてしまったそうです。

そして やっと治りかけた所で リレーの練習でまた振り返してしまった。

医師からは「医師の立場では勧めませんけど、本人次第かな…。」との事です。

もちろんヨシミチ君の希望は走る事です。


体育祭を控えている時にその話を聞いていた私は思わず

「う〜ん、出させてあげたいけど

微妙だよねぇ。」と言ってしまいました。

ママも「そうなんだよね…」と返しました。

リレーのメンバーに選ばれる事は名誉でもあるし、きっと中学での良い思い出になるでしょう。

でも遅かったり、転ぶなどしたらクラスに迷惑になるかもしれない。

それが原因で友達関係がまずくなったら…

ママの胸中は複雑そうでした。

「それにね。」

何と、体育祭を目前にして三年生は怪我人続出していたそうです。

通っている整体外科で同じクラスの

子だけでも三人会ったと。

久々の運動に体がついていかないんですって。

中には骨にヒビが入っている子もいるとかで(しかも大役のアンカー!!)

それでも走るのだと言う。

肉ばなれごときで出場しないなんてとても言いづらい雰囲気なんだとか

…。

「まぁ本人は走るつもりだし、最悪

足を更に痛めても(歩行困難になるなどは無さそうなので) これからあるのは文化祭や受験勉強のみだからね。

静養して行ければいいからさぁ。」

と、ママは言い

「あとは… 私が毎日学校や塾の送り迎えをしなきゃならないのは勘弁だよね。」力なく付け加えるのでした。

送り迎えの手間を厭う訳ではなく

仕事を持っているので時間調整をするには 自分の都合のみで動けない、

そういう理由です。


当日は心配していた転倒もなく、ヨシミチ君は見事に走り抜き クラスは

二位になりました。見事でした❗️


その後 やはりと言うか、当然と言うか… ヨシミチ君含む数人が 共に肩を組んでヨロヨロと救護室に向かう姿を見送りました。

その他にも担架で運ばれる子、鼻血を出す子、泣いている子を見かけました。

体格も良くなり、意地もプライドも入り混じる。中学生の体育祭はハードですね…。

舞台裏ではこんなんですが、グラウンドは 爽やかに盛り上がっているんですけどね(^_^;)


走り抜いたヨシミチ君も凄かったけど、アンカーの彼も立派だと思いました。

アンカーを務めた彼は 運動が良く出来ると校内でも目立っている存在だそうです。

彼は彼で、走る事だけでなく きっと 勝つことも皆に期待されている訳です。

例え負けたり、転んだりしても 誰も責めないと思うんですよ。

だけど、彼は自分を許せるかなあとも思うのです。

だって多分、彼は自分でも この学校において運動では「強者」と言う立場を分かっているだろうから。

そう言った自負がある人は、勝つ事の期待も背負う必要があると思っています。

うちの子供達は全員、走るのは早いけれど 運動全般は得意とはいきません。身体のイメージが出来ていないが故です。

運動弱者には縁のない苦悩があるのでしょう。


昔、同じ様に知り合いのお子さんで

クラブチームに所属し、校内でもかなり目立った「強者」がいました。

リレーでも 当然アンカーを務めて 

1番になり、みんな「さすが〜」と騒いでいました。

でも その子のママさんが運動会が終わった後「無事終わって良かった

よ。」とぽつりと言ったのです。

実は すごく小心者でプレッシャーに弱く 勝てるかと、皆の期待に答えられるかと心配していたそうです。

普段は強気な言動の多く、そんな不安をおくびにも出さない男の子でしたが 繊細な心の持ち主だったのですね。

私はその話を聞いて、彼が好きになりましたね!


強者は強者なりの覚悟や苦悩を持っているのです。

悠々と走ったり、跳んだりしている様に見えても 楽々ではないのです。


それをうちの子供達に分かって貰えるかなぁ。

でも その前に、怪我だけはしないようにねって やっぱり言うかな。






2017、忘れたお月見。

昨日は中秋の名月でした。

お恥ずかしいのですが、すっかり頭から抜けておりました。


実は私、これでも季節の行事はなるべくやるように心掛けています。

私の母が行事を大切にしている人だったので、当たり前の事として子供の頃から季節や行事を楽しみにしていました。

お月見には すすきと団子を用意し、

皆んなでお月さまを見上げていました。


ひな祭り、端午の節句、七夕や冬至やら

お正月など… 母も特別な事はしておらず、手作りが出来ない時は市販の物で済ませたりもしていました。

それでも 行事を迎える度に季節の移り変わりを子供心に感じていました

大人になって「うちでは そんな行事なんてした事ない〜。  興味もないし。」

と言う人もたまにいましたが、私には そういった行事は家族との思い出と直結しているので やっぱりなくてはならないものだったと思います。


慣れ親しんで来た行事が当たり前でなかったと知ったのは、私が子供を持ってからでした。

母は私に「子供の為に、季節の行事は大切にする事。」

と、説いたのです。

行事の準備をする方の立場になって分かりましたが、ことの外 面倒なものなんですよね。

心にとめおき用意をし、迎える。それが意外と難しい。

ちなみに中秋の名月は日にちに決まりがないので 毎年変わる訳です。

だから世間の話題などに常にアンテナを張っておく必要があります。

もしくは調べるかですね。


行事は言わば「ハレの日」なのです

大袈裟に言うと日常の延長にはありません。

何かしらのひと手間をかける事が、自然や見えないものに対し「敬う」

行為になるのだと思います。


かっこいい事を言いましたが、つまり「わざわざ」そうするのです。

例えば我が家では、雛祭りに「わざわざ」散らし寿司を作り、端午の節句には「わざわざ」ちまきを食べ 菖蒲湯に入るわけです。


買いに走り、用意をする… それやるの、全部私だぁ〜(-。-;


しかも「七草がゆ」は中々見つからず 毎年2、3軒はしごして買い求めるなんてざらでした。

扱うお店や品数が年々少なくなって来ているようです。

やめてもいいんです。でも、やっぱり…なんです。

子供もやはり心待ちにしていますし、喜びます。

そして母としての大切な役割を担っているとの自負もありまして。

ただの自己満足なんですけど。


きっと母も同じ気持ちだったのでしょう。

昔の人ですから「行事をするのは親の仕事」位に思ってはいたのでしょうが、自営で夜遅くまで働いていた母には 大変な事だったはずなのです

でも 親として子供にきちんと伝えて行かねばならない大切な風習、教えだと考えていたのだと思います。

それは学歴などにこだわらない母の

矜持でもあったのでしょう。


そーれーなーのーに。


私は完全に忘れていましたね❗️

詳しく言うと一週間前に義母に「お月見が近いから。」とお団子を頂いたので もうこれで済んだ〜。

と終わったものと見なしていました

更に言いますと、火曜日にお店にて「明日はお月見です」と書いてあるチラシを見ているのです。

当日には、イオンのスイーツフェアにて 有名店のチーズケーキを子供達にお土産に買った後に、隣の和菓子屋のうさぎの月見団子を見て「あ、あんなのも可愛いくて良かったかも〜〜(^o^)」

なんて思っていたのです。


チーズケーキ食べた後で子供達に

「お母さん、月見団子は用意してる

?今日は十五夜だよ!」

って言われるまで気付きませんでしたよ…。

あんた達、ちゃんと今日が十五夜と分かってるなんて、何て出来た子達なのさ❗️と私は褒めましたよ。


今の私は もう何もかも素通りです。

心に留め置くどころか引っかかりもしないのです。

子供が大事と言う点は以前と変わらないのですが、感情に蓋をしているせいか必要な 記憶や情報以外を締め出そうとしているようです。

 

あんなに私自身、大切に思っていた事なのに。

楽しみにしていた子供にも申し訳なくて小さくなっている私に子供達は

「今年はお母さん、大変だったからね!忘れちゃっても仕方ないって。

でも、お母さんは冬至にはいっつも南瓜の煮物作ってくれるもんね。」

と言ってくれました。

息子優しい〜(T . T)


お団子食べたかったけど、いいよと しーちゃんも責めません。

以前 長女のりーさんが「うちはお母さんが行事をちゃんとやってくれていると思う。」と発言した事があって私は ちゃんと伝わってるんだ〜、頑張って良かった〜なんて思った事がありました。

今年は忘れたけど…。

 

まぁ、色々問題はありますが、良い子に育っております!


帰宅した夫としーちゃんとで買いに行ってくれた頃にはもう月見団子は売り切れていたそうです。一口団子になりましたが とても美味しかったです。

今年も子供達とお月様を見上げました。






100通りの1に入っているのかな。

長女りーさんの体育大会に行ってきました。

丸一日外にいて、日を浴びていただけなのに、何この疲れ…。

四十代の水分は もはやこの程度でも干上がってしまう(~_~;)


娘は お休みする友達の種目まで出場するよう頼まれており 頑張っていました。

リレーにも出たのですが、走り終えた後に 仲良しの子と抱き合って喜んでいるのを見て

「楽しそうだなぁ。友達とも上手くやっているんだなぁ。」

と、順位よりも その様子が分かった方が嬉しかったです。


保護者の席は(日除けなし!)種目が変わる度や写真撮影の為やらで、入れ替わり立ち替わりしています。

その度に挨拶を交わし、軽くお話をしたりと結構忙しい。

仲良しママ、ご近所さんママ、地域でお世話になっているママ、顔見知りのママ…( 男性もいたけど。)

と、私と関わりを持っている人達だけでも沢山います。


そして、それ以上に知らない保護者

の方が多くいらっしゃるのでした。

娘の種目が済んで、周囲のママさん達が写真撮影に移動した後、ふと一人になった時間がありました。

ぼんやり周りを見渡すと たくさんのママさん達がグランドを見つめています。


年齢も 皆さんまちまちです。ベビーカーを引いている方もいれば、幼児を遊ばせながら観覧している方もいらっしゃいます。

学生さんとおぼしき兄弟と連れ立って応援していたり、お祖父さん、お祖母さんの車椅子を押している方もいる。

共通しているのは、中学生の子供を持つ母だろうって事だけです。


「100人いれば100通りの人生がある

」とよく言いますが それなら、私もその一つに入るのかな?と思いました。

そして何故か、その時

「いや、入ってないな…」と思ったのです。


目の前の人達は年齢だけでなく、化粧も服装も誰として同じ人はいません。

そこには規制がある訳でもないので、きっとその人が自分にとって「良い」と思った物を選び「 自分」として表現しているのでしょう。


じゃあ私は?

私は… 今の私は、自分って言えるの

かな。

化粧や服装だけの事じゃありません

。私が選んだんだ、と言う覚悟もなく ただ苦しい思いをしているのは何でだろう。

隣の芝は青いと言うことわざ通り、

他の方も きっと皆 踏ん張って毎日を送っているだろうと思うのに 。


100の内の一人に入っていないと思ったのは、私が私の思うように生きていないと感じたからです。


「思い通り」ではなく、思うように。

幼い頃から人から外れやすくて、大人になり時間をかけて、ようやく「それでもいいや」と思えるようになったのに また「それでは駄目だ」と枠に押し込められる。


そんなに「普通」って大事?


目の前にいる人達は みんな それぞれ違うのになぁ。

私は子供にも 同じような事を求めたり、強いたりしたくないな。

だって、それはこんなに苦しい。


そんな風にぼんやりと思っていました。


でも 他人が敷いた「母親たる者」的なレールを歩くのも、また自由。誰も悪いとも言っていないのだよね。

そうも思いました。


だったら

自信なんか特別持ってなくても、誰かに認められなくても、私は私を「結構悪くないんじゃない?」って思える自分の方がいいな。


陽に焼かれながら 私はグランドを見つめてそう思いました