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…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

娘の目玉焼きは、子供の頃の味でした。

長女りーさんが、中学で始めての定期テストを向かえました。

小学校での学習確認の為のテストは

入学したでの頃に済んでいましたが

これからは成績に加味されて行くので 親としては気になる所です。

…に、しても呑気なりーさん。

(ちゃんと、コツコツやってますけどね。もうちょい焦らんものかしら^^;)


中学校では テスト週間として、授業が午前のみの昼食なしで帰る日が数日あるそうです。

昨日は用事があり、娘の帰宅時間に間に合いませんでした。念のために鍵を持たせ、 昼食用にとパンを用意しておいたら 娘が私の為に目玉焼きを作ってくれていました。

縁がカリッとしたごま油の香りのする、半熟の目玉き。


これまで経験すると良いかなと、子供達にはお菓子や料理等を積極的にさせては来ましたが 今回の目玉焼きは それとは違うものに感じられました。


すごく懐かしい感じがしたのです。

かつて、私が子供の頃に作った目玉焼きに良く似ていたのです。

それは働く母の為に作った昼食。


私の実家は自営業をしており、店舗は徒歩5分程の場所にありました。

共働きをしていた母は朝から晩まで仕事をし、14〜16時だけ昼休憩として家に戻ってきていました。

この二時間の間に 母は昼食を取り、休み、洗濯物を取り込み おやつを用意して 慌てて仕事へと出掛けて行ったものです。

母はいつも忙しい人でした。


夏休みなどの長期休みには 子供である私達、きょうだいが昼食を作る事がしばしばありました。

母の休憩時間の14時まで待てなかったのです。

作る物と言ったら卵焼き、目玉焼き茹で玉子に ラーメン。チャーハン、

焼くだけのマルシンハンバーグ(これ、全国で売ってるのかな?(^◇^;))

など、簡単な物でしたけど。

これに残りものや、納豆などと一緒に頂くのです。

昼食としては貧しいと思われるかもしれませんが、忙しく働く母に作ってあげたいと小学生の私達は思ったのです。

母から作り方を教わった記憶はありません。普段母が作るのを横で見ながら「こういう時は、こうするんだよ。」とコツを聞いたりして、見よう見真似で覚えた気がします。


「ご飯作っといたよ!」と母にちょっと威張って報告した私たち。

「あ〜〜ありがとね。」と喜んでくれた母。

私と母は気が合わないけれど、確かに親子の思い出があったんですね。

子供の頃の私の母へ思い。想像ではありますが母が抱いたであろう思い。

それを今、子供を通して思い出す事が出来ました。


結婚してからずっと専業主婦の私は、子供が帰るのを待つのが当たり前でした。

それが私の毎日で、「おかえり」を言うのが母親の役目だと言われていたのに。

現在は、子供が私を「おかえり」と迎えてくれる位に大きくなっていたんですね。

一緒にいると、見えている様で見えていないのだと気づく。

育ててきた子が、自分の為に目玉焼きを焼いてくれるようになった。

ふ〜ん。こんな日が来るとはね。

なんだか、なんだかなんです。


目玉焼きはペロリと食べてしまいました。美味しい、塩加減もいいよ‼️と娘のりーに言ったら

「お母さんは、濃い味が好きだからね〜。今日は特別❤️でも塩分取り過ぎはダメなんだからね!」と釘を刺されました。


おかげさまで、しっかりとした娘に成長中です(⌒-⌒; )









女って奴に、年齢は関係ない。

イオンで買い物をしていると、前を歩く数人のおば様方が賑やかに話しておりました。

どうやら、みんなでランチかお茶をしていたらしく、その中の1人が早々に切り上げて帰るらしい。

それをふざけ半分にお友達が引き止めていた所でした。


ある方が「あんた、40過ぎの息子が熱出してるからって帰らんでも〜」と、言って茶化すと

「夫はいいけど、子供は別!」とその方も即座に答えていた。

一行は、そりゃそうだ!と和やかに笑っていた。


40過ぎの息子さんがいらっしゃるとなると、60〜70歳位のお母様かな。

同じく「そうだよね。」と私も思った。

子供(特に息子、女の子は割とやれるんで)苦しんでいる時に母は落ち着かないと思う。

何かしてやれる事ないかな。って思うんだろうな。

これ、男親はまた違う心境なんじゃないのかな。

自分の子供でも大人で、病気も大して酷くなければ、そばにいてもする事ないだろって風になる気がする。


多分何歳になってもお母さんは、お母さんという生き物なんだなーーと

思いました。

母性は女性に当たり前の様にあるものと言うより、一度そのシムテムが組み込まれると 年齢に関係なく発動するみたいな感じ?

ちょっと独特な女の不思議。


さて、我が家のおしゃれ番長のしーちゃん。

最近グッと暑くなったのに 今週は

長いデニムパンツで登校すると言う。

え、半袖のワンピースも出したよ。

暑いし、そっちにしたら?と声をかけたら 意外な答えが。

「今週は廊下の掃除当番なの。ちり取り係なんだ。しゃがんだ時パンツ見えたら嫌でしょ?だから☆」

えー‼️そんな理由だったなんて お母さんビックリよ〜〜

小学三年生にして、立派なレディ思考ですよ。素晴らしい!

(でも君、時々首元から 下着のシャツ

見えてますよ💦気をつけて(^_^;))


やはり、女は女。

女に年齢は関係ない!…と感じた出来事二本立てでした。

なんのこっちゃε-(´∀`; )


「普通」は平均や50でないから難しいのであって。

私は「普通」と言う言葉があまり好きではありません。

もしかしたら、結婚してから好きではなくなったのかもしれません。

ごく一般的に、何気なく使われている言葉で、私自身も日常の会話で

しばしば使っていると言うのに。


それは 子供の成長と共に我が家で

頻繁に聞くようになり、その場合「普通」と「普通でない。劣っている」が必ずセットで使われているからかでしょう。

我が家において、その対象になっているのは私と子供であるのは言わずもがなですね。


実際この普通って何だろうなぁと

思います。

個人の物差しの尺度なんてみんな違うし、基準があまりにも曖昧ですから。

あくまで私の考えですが、多数派と

言うか社会において「概ねその答えが選ばれてます」的な考えで「普通」は成り立っているのではないでしょうか。

周囲を見渡しながら、自分と標準を照らしあわせながら「普通」を導き出している訳です。


言葉の印象は平坦だけど、幅が広過ぎ‼️みたいな…

だって「普通」って平均ではないですもんね?

「普通」の答えが0か100だとして、間を取って半分の50にしようにはならないのも同じ。

その状況によって、人によって変わってしまうもの。


長い前置きですみません(−_−;) 

何が言いたいのかと言うと。

発達障害(グレーゾーン)は「普通」と言われている事を行うのが大変難しいと言うこと。

この障害は知能に関係がなく、一見では分かりづらいため本人そのものに原因を求めてしまいがちになります。


特性は様々であり 個人で違うので、我が家の場合でお話しすると

○体の動き、動かし方がぎこちない。

(その為、走るのは早いがボール投げなどは苦手)

○恐ろしいほど不器用。

箸やスプーン、歯ブラシの使い方や

動かし方(つまむ、挟む、集める、掬うが使いこなせてないなど)

○常に体の何処が動いている、真っ直ぐ立てず姿勢が崩れやすい。

○集中力が続かない→話が聞けないので、取り掛かるのが遅く作業に支障をきたす。

○過集中の場合もあり 周りの状況を考えず興味のある物に没頭する。

○光を眩しく感じるので、写真などを

撮る場合顔をしかめ、落ち着かない。

○癇癪を起こしやすい(家のみですが)

○空気を読むのが苦手

○興味がないと話しが耳に入りにくいのか 内容とチグハグな応答をしてしまう。

○片付けが苦手、溜めてしまう傾向にある。

○物を乱雑に扱う為、破壊してしまう。

○お喋りが止まらない

○時間の逆算、段取り、見通しが苦手


と、四人分の特性をざっと挙げてみました。

全員に共通している点もあれば、個人に表れている点であったりと特性に濃淡がありますので ハッキリと区分できるものではないようです。

ちなみに上記に挙げた特性は、年齢や習慣、躾、性格によるのものとは全く別次元の問題です。怠け癖や

努力不足でもないから、厄介なんです。

脳の働きが上手く作動しない事からくる「誤差動」が、時に「出来て当たり前=普通」からズレてしまったり、誤解から信用を失ってしまう事態を引き起こしたりします(二次障害)




我が家では考えた末、あえて診断を受けておらず、学校の方でも 支援などの補助も特に必要なし(低学年の頃は 息子に時折付いてくれていました。)の要注意に留まっているグレーゾーンの住人ですが、特性がはっきり分かる場合とでは また状況が違うであろう事はご了承下さい。

またまた説明が長引いて 本筋から逸れてすみませんm(_ _)m

これらを踏まえて、何が言いたいのか。それは。

大勢の方がサラッとこなせると言う「普通」を オタオタとやってる私がいるとして 、それで良しとならないの⁉️って事ですかねー


全く持ってすみません‼️唯の愚痴です!


例えば、小学校では1クラスに約30人程度の生徒がいて  きっと様々な子供がいると思います。

一斉に作業を開始したとして、早目に終える子供がいる反面で  授業を円滑に進めたい先生には本当に迷惑だとは思うんだけど、必ず遅い子はどこにでもいるんでないの?と。

時間内で終えられるが「普通」だと

したら 外れているとなるでしょう。


理由が「恐ろしいほど不器用」以外にも「遊んでいたから」「苦手だから」もしくは「丁寧過ぎて」とか色々あるかもしれないのに 時間内に終えるが普通の基準だとしたら  作業遅い=普通じゃないになるのです。

これは夫の考え方なんですけどね。

周囲を見回して、作業が出来なければダメだと。

持ち時間を考えながら「普通は」やれるもんだと。

いや、だからね。普通にやれないから発達障害なんだと言う事実はどうなったのか…


事情を知らない人に ふざけてる。努力が足りないと思われても仕方ない部分はありますが、これを言われるのが家族となると 本当にしんどい。

精神論だけでは どうにもならないって分かっているはずなのにです。


そして、夫の考えが苦痛に思えるのは 「普通」にやる以上の成果を求めているから。

つまり何事も上手く、上位を求めらる事は 周囲のみんなと同じように 同じ早さで物事をこなすのが苦手な私たちには ハードルが三つも四つも上がる事を意味しているのです。


正攻法では難しいから、有効な手法や 改善、工夫を学んだり 会得することが 私達には必要なのです。

それでようやく同じ土俵に立てる。

(でも 遅い。(^◇^;))


そしてもう一つ。「緩やかに諦める。」も大事な要素なのかも…

私は決して、発達障害を出来ない言い訳にしたくはありません。

子供にもさせるつもりもありません。


ただ、良く分からない「普通」が私達にとって苦しい枠なら まぁ、少しはみ出た所でいいじゃないの。

迷惑かけたら謝ろう、そして他の部分でお返しさせて貰おう!

位でやって行けたらな〜〜と考えてます。

だって私達は問題点もあるけど、やれる事もきっとあるだろうから。

その方がずっと 楽に生きていけそうだから。


だけど、本当に難しいのは 考え方が全く違う夫に「緩やかに諦める」 を

理解して貰えない事ですね。





癇癪スイッチ

早朝四時過ぎの事です。息子のるーが、私を起こしました。

「お母さん、トイレ〜(´-`).。oO」

まだ日も登っておらず、辺りは暗かったので付いて来て欲しかったのでしょう。

私も、普段なら この時間に半分起きた状態で布団の中でウトウトしているのですが今朝は熟睡していまして、寝ぼけながらトイレ前まで付き添いました。

るーも フラフラしつつ用を足し終え

また再び眠りについたのですが…


その後、6時になり私は起床し ついでに早く起きて勉強する!と言う息子を起こしたのですが、その時重大な失敗に気付いたのです。


今日って、検尿検査の日じゃーーん!!

朝イチの尿を採取し、学校に提出しなければらなかったのです…

慌ててその事を伝えると、寝ぼけていた るーはパチッと目を覚まして怒り始めてしまいました。


ベッドの上で足をバタバタさせ、布団を蹴り上げ

「ダメじゃん!最悪じゃん。お母さんのせいだから!」

みたいな事を泣きながら言い、転がり回っています。どうやら癇癪スイッチが入ってしまった様です。


るーは、幼稚園時代を含め学校では癇癪を起こしません。

喜怒哀楽は激しいものの、喧嘩が始まっても 言い争いこそすれ  闇雲に手を出す事はありません。友達との関係を考えての事でしょう。

怒りを抑えるのは誰にとっても難しいものですが、息子は相当な我慢をしているのだろうと思います。


多動であり、衝動性であり。

様々な発達障害の特性を感じながらも、グレーなんだろうなと思うのは そんな所からも分かります。

もちろん、つまづく場面はそれなりに多いのだけど 年齢と経験を経て 

踏ん張る力もついて行っている。そんな成長も感じています。


ありがたい事に、今のところ息子が癇癪を起こすのは家庭内だけで済んでいます。それも、時々です。

きょうだいや家族に対しての甘えや

、遠慮のなさがそうさせているのかもしれませんが 他人に向かう怖さを

思えば 私は、今はそれで良しとしています。

とは言え…


癇癪&パニックはしんどいですよ〜

周囲の諭す言葉も耳に入りませんし、息子も高学年になったので動きも荒くなりました。攻撃(きょうだい間)には痛みを伴います。

顔を真っ赤にし、泣きじゃくり 暴れるが一定時間続きます。

大概、理不尽な事に対して怒っています。(姉が喧嘩を吹っかけた。からかったなど)

問題は「やり過ぎる」のです。

そして「手を出すと結果負けになる」って事です。


私は、喧嘩の際に手を出してしまったら「相手が謝ったら終わり。泣き出したら終わり。」と子供たちに大まかなルールを伝えています。


そして発端は相手にあり、酷い言葉で傷つけられ、明らかに非が向こうにあっても「手を出す=身体を傷つけた方が罪は重い」が世の中のルールなんだよ。と。


特に癇癪を起こす、るーには

「喧嘩の仲裁に入った時、お母さんは酷い事を言った相手をもちろん叱るけど、あなたが手を出していた場合、あなたも叱らなければならなくなる。

しかも、もっとキツく。言葉より暴力はいけない事だからね。」

大した事のない体の痛みより、言葉の暴力による傷の方が長く重く残るんだけどね…って本音を言いつつ。


「相手から酷い事を言われて、尚且つ 手を出した事を叱られる。二重に嫌な目に合うなんて、馬鹿らしいと思わない⁉️」と、最もらしい事を言っております。


まぁ  不愉快に感じるから怒るんだろうし、カッとなれば殺人だって起こる得るのが世の常です。

それでも 彼らが生きて行く社会のルールにのっとり「気をつけようね。」と言い続けるのが母の役目ですから。

「喧嘩になったら 尖った物を持つな。→大きな事故につながる」は

口酸っぱく言っております。


…で、話は今朝の騒ぎに戻りますが

絶賛癇癪中‼️の るーに向かい

○今更そんな事言っても仕方ない。

○うっかり忘れていたのは悪いが、お母さんのせいにされても困る。

○二週間後に、再提出日が 設けられているから大丈夫。

○こんな朝早くから騒ぐのは、めっちゃ迷惑だよ!

…を伝え、その場を離れました。


癇癪の理由が検尿なのも阿保らしかったし、

だからこそ 一人忘れて行くのが思春期手前の高学年男子にとって「とてつもなく恥ずかしい事」である訳で。

息子なりの落とし所を見つけてくれと ほっときました。


私が朝食の準備をしている間、二階で グスグスと泣きながらワークをやっていた息子に、事情を知った夫が「自分の事は、自分で意識してやって行かないとダメだ。」と注意しに

行ってくれました。

(若干 お母さんを当てにするなと言うニュアンスも??  まぁ、自立を促せるなら 何も言うまい。(−_−;))


そして7時になり、遅れて娘たちが起床。その頃には、るーも落ち着きを取り戻していました。

バタバタと朝食の準備に追われていた為、しーちゃんがトイレに入ったのに気づかなかった。

「あ、あ〜〜!しーちゃんストップ!今日検尿!止めて、我慢して‼️」止めてと言われても、無理な相談。

あぁ。またもや、またもやぁぁ〜


夫からは「そりゃ駄目だわ。→私が悪い」と言われ…。

三年生だし、声かけは必要ですけどね。朝食の準備忙しくてね…


るーは、検尿忘れが自分だけでないのを安心したのか

「わ〜、昨日言ってたのに忘れてたの?俺はまだ夜と思ってしちゃっただけだし。俺の方がマシじゃね⁉️」と五十歩百歩な事言ってました。

忘れるとこは同じなんだよ!!


妙なオチがつきました。お後がよろしいようで。


「母の日」の主役になり切れない私。

昨日は母の日でした。私には実母も、義母もおり、そして私自身も母親である訳ですが 特別めでたい気持ちは持っていないですね。


近くに住む義母は、自分に関する行事をあまり気にしない方ですが 

それでも「母の日」「敬老の日「誕生日」は必ず食事を作って届けたり外食に行くなどの心ばかりのお祝いをする様にしています。

私は実母から「うちはいいから、まず義母さんを大切にしなさい。贈る場合も義母さんを先にするように。」と言われているので なるべく心掛けています。

これらの行事をする事は、子供達の為でもあるとも思っているからです。

今年はちらし寿司を作り、りーさんと届けました。


この行事等の贈り物は 毎回悩みの種になっていて、アレコレ考えるものの結局「食事」に行き当たるのですが 特に料理上手でもない私は 後から良かったのかなぁと思ってしまいます。


義母はなんて言うか「高品質」な物を好むのです。

単にブランド物が好きなどでなく 素材を吟味する方で「良い物は高価であっても仕方ない。」と言う考えの持ち主なのです。

服なども(最近はしませんが)ご自分で仕立てます。

食べ物や日用品もこだわりがあり

ガーデニングなどもする良妻賢母の鏡なんですね〜。

こんな方に「母の日特集‼️」な安物は贈りづらいですよ(-。-;

予算オーバーも辛いしね。

(私の親には 気にせず、この手の贈り物しちゃいますけどね!)


まぁ 義母は本当に出来た方なので 

もし ありがちなプレゼントを贈ったとしても笑顔で受け取ってくれるだろうと思われます。

もちろんしませんが。

で、実の母親には まだ何の用意もしてないんですけどねー 。



今、夫婦間が不安定であり いつか壊れてしまうのかもしれませんが だからと言って義母への感謝を怠るのはちょっとなと思っています。

夫との事に関しても、私の言い分が全部正しいとは言いませんが「あんたの妄想なんじゃないの⁉️」と言われた事もあり

正直、今年はスルーしてもいいかなと迷いはしましたが。


心情としては こんな浮かれた事したくないんだけど位に思ってますよ⁉️

私には 本当の母も!いるんですけど。って。

だけど義母はやはり、もう一人の母であり きっと内心では色々思いつつも 私達を助けてくれる方なのです。


私と言えば、土日ずっと動いていた為に、疲れてしまい(それでも子供達は割とのんびり週末を過ごせました(^-^))全て終わらせた後、居場所もないので 9時頃から布団に入りウトウトしていました。

自分の母の日はどうでも良かったので〜

起きたら サンタさんからのプレゼントの様に子供からメッセージカードがありました。

三者三様の素敵なカードでした。

みんなありがとう‼️


お母さんは「良いお母さん」を目指してはいないんだ。私らしい お母さんにしかなれないんだよ。

私は、子供たちにこんな事をよく言っています。


でも「普通」や良いお母さんでなくてごめんね。やっぱりそう思ってもいます。


私をお母さんにしてくれてありがとう。



人生の色気

長かった休日が過ぎ、日常が戻りました。心情としては 変わらずぐるぐると不安渦巻く混沌とした様相ではあります。


何時ぞやもいいましたが、私物をかなり捨てました。使える、使えないでは無く「今の私には必要ない物」と基準として決断しました。

半分はヤケクソではありましたが。

それでも まだまだ沢山の物があります。なるべく少なくしようと思って

いるんですけどねー。



今日はブックオフへ本を送りました。二箱ギッシリ詰めましたが、古い物もあるし金額として付くかどいかも怪しいですね。

こうして見ると、本とは知りたいをベースにして「こうなりたい」とか「どうしよう?」など希望や問題解決を求めて選んでいるものですね。


お恥ずかしいながら、切実な問題

=段取りの仕方や節約、将来やりたい事(仕事)を見つけるなどの本もあれば、

美容やダイエット、風水などの少しお気楽な物もありました。 

写真集や文庫本、エッセイなどなど

頂いたり、大切な思入れがある物も。


これらは、私の今までの生活を維持して、ある意味向上する為に選んでいた物だと思います。

強いて言うなら「人生の色気」かと。

 本や音楽、映画や美術などにも通じて言えますが、生きて行くには必要ないかもしれないけど 無いとつまらない。

心の柔らかい部分を掴む大事な物とたくさん出会って人は、私は作られてきたんだと。

昔から考えています。


随分大袈裟に、格好良く言いましたが 私はその「色気」が現在は必要ないように思えました。

今は考えられない。と言う方が的確かもしれません。


綺麗になりたいとか、こんな服が似合うんじゃないかとか やりたい事を探そう!とか、子供の勉強法や 家庭の中の生活を良くしようとか…


以前必要としたはずの本たちが、今の私からすると  あまりにも贅沢で ズレてて「必要のないもの」と映って

しました。

多分、物欲が湧かないのと同じ。

買って、読んでない本も幾つかあったのですけど。お別れしました。


雑誌など売れそうに無いものは、今後、資源回収を待って出そうと思っています。

汚れた水に綺麗な水をどんどん足して、少しずつ入れ替わって行くように 私の心もいつか澄んで行けたらいいのにな。

心が決まれば、空になれば 新しいものが入るのでしょうか?






この家は。

二階にあった私物をかなり捨て、とりあえず子供の荷物を置く為のスペースを何とか確保しました‼️

残りを全部、一階の押入れに押し込む様にしてGW明けの平日に1人でぼちぼちと不用品の整理をして、収めて行くつもりでした。


すると夫から 子供達と同様に「先ず入れる物(衣装ケース)を用意するから、ameの私物はそこに収めればいいよ。」と言われました。

現在、我が家は  夫指導の元  家中の押入れには大小のプラスチックの衣装ケースをテトリス並みに組み合わせてあり、ちゃんとラベルを貼り「可視化=見える化」に励んでいます。

ADHDはこういった方法が有効とされ、収納に関して良くテレビで紹介されている様な  分かりやすく模範的なのだけど、あまりにビシッと組み合わせると 気持ちに余裕がなくなります…(−_−;)


パズル並みの収納は、仕上げた時が最高に美しい。一つ乱れると、一気に崩れる始めてしまうからです。

(だから崩れない様にすべきでしょうが) 私には、少し大雑把くらいのハードルにして欲しいのですが。

本当は、私の所有物なんだから しまい方くらい好きにさせてよ〜と思いましたが不機嫌になられても困るので夕方から 私の為のケースを購入しにホームセンターへ。

  

帰宅後、子供たちにもケースを拭いて貰うと 夫は「私物を一度ここに全部出して。夕食作るなら俺出しておくから。」と、こともなげに言われたのです。

私は「嫌だよ。自分でするよ!私の物に誰も触って欲しくないんだよ。」と思わず拒否してしまいました。やましい物がある訳ではないのですが、嫌なんです。

これっておかしいですか?


大まかに袋などに分けてはありますが 私個人の貴重品もあって、悩みや問題を殴り書きした雑記もあり、昔の手紙や手帳など他人に見て欲しくないものまであるのです。

死後の肩身分けや、病気でどうしようもなくならともかく…

家族と言えど私は触って欲しくありません。


だって、友達があなたの財布を開けて見ていたら?

家族がLineの内容を勝手に見ていたら?

不愉快に思いませんか?荒らされたと感じませんか?私は…そう思うのです。


夫は手順の「入れ物を用意する。荷物を全部出し、量を確認する。綺麗にしてしまう。」を理解していないの?とうんざりしていました。

気持ちを落ち着かせる為に何度も大きな溜め息をつきながら。ストレスで呼吸が苦しいそうです。わざとしているのではありませんが  私が反論するとこうなるので、段々と気持ちが萎えてしまいます。

それで「もういいです。分かったから。」と話を終わらせる事に。


そこから夫は正論を話し始め、あくまで正論なので「あぁ そうですね。」としか言いようがないわけです。

 

次第に、片付けの話から子供達への育て方や、私の親からの「なってない躾」の話に及び「夫婦としてどうするのかが宙ぶらりんだから 物事が上手く進んで行かない。」と言われました。

「ameはどうしたいと思っているの?」と聞かれても 答えられません。

私自身も夫に否定される事にかなり疲れてきているのですが、子供達にとってどの答えを選んだらいいのか分からないからです。

経済的な問題だけでなく、子供たちもお父さんが好きで必要なのですから。夫も愛情があるからこそ、子供に厳しいのです。


ただ、この生活で子供たちも疲弊しているのが分かります。

片付いていないこの家では 夫は、居心地が悪くストレスが溜まるそうです。環境が大切なのにと。

でも、この家は 誰にとってもリラックスできる家ではないみたいです。

常日頃から 何かに比べられ、ダメだと言われているんですから。

綺麗にするより私には大切だと思うのですがね。