…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

基準を人に合わせない

今年、私は町内の子供会役員をしているんですが 本当に何かと大変です。

行事の準備はもちろんですが

やはり、何と言っても人間関係が煩わしいです。

ほんと… 色々ありました😭


 そして。 

嵐の様な行事ラッシュも終え、

次期子供会役員や、町内会を手伝う地域役員を選出する季節になってきました。

役員をしていると、町内の方の

情報を耳にする事があります。


町内にはたくさんの保護者がいて、

様々な事情がある訳です。

介護している方。

幼い子供さんがいる方。

仕事が忙しい方。

自身が体調を崩している方。…


それらを把握した上で、うまく誘導して行く。と言った塩梅です。

(不正ではなく、そうしないと

揉める原因になりかねないからです😓)


進んで面倒な役員をやりたがる方は

やはり少なく 大半が「まぁ、来たら

しょうがない。」と 消極的ながらも

引き受けて下さります。

中には「世間に何と思われても構わ

ない。」

とばかりに、ひたすら逃げる保護者もいます。

結局悪評が残り ずっと要注意人物と

囁かれる事になる訳ですが〜

今、まさに そんな方がいて 

軽く話題になっている所なのですが。


私  個人としては「ずるいなぁ」と

思いつつ、

「この人は”幸せ”の基準をはっきりと持っているのかもしれないな」

とも思うのです。


ちゃんとした理由があるのなら、周囲に説明をする必要があるし、

それでなければ、ルール破りです。

私も この人と仲良くしようと別に思わないけど、

「自分は、こうしたら自分にとって

やりやすい。」と言った「基準」がはっきりしていると 随分楽だろうなと。

妙に感心したりするんですよね。



例え悪評が立ったとしても、それは

あくまで世間の批評であって

自分自身がそれでも良し。としていたら どれだけ周囲が騒ごうが

構わないのでしょう。


言い換えれば、どれだけ幸せになっても 人には関係ないと言うこと。

人の機嫌を気にするよりも

自分を機嫌良しにする事が本来

幸せになれる近道なんじゃないか❓

と、思い当たったのです。


人(周囲)に振り回されないで

「こうすると私は幸せ。」と思える

基準をはっきり持つのは大事だなぁと   40代の私は思ったりするのです。


いや、まぁ。この保護者さんには

学校関連のお役目ブッチぎりで

実際、大変迷惑しているので 

友達には なりたくないですけどね😅



自分の幸せの基準は 自分で決めよう。