…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

「普通」は平均や50でないから難しいのであって。

私は「普通」と言う言葉があまり好きではありません。

もしかしたら、結婚してから好きではなくなったのかもしれません。

ごく一般的に、何気なく使われている言葉で、私自身も日常の会話で

しばしば使っていると言うのに。


それは 子供の成長と共に我が家で

頻繁に聞くようになり、その場合「普通」と「普通でない。劣っている」が必ずセットで使われているからかでしょう。

我が家において、その対象になっているのは私と子供であるのは言わずもがなですね。


実際この普通って何だろうなぁと

思います。

個人の物差しの尺度なんてみんな違うし、基準があまりにも曖昧ですから。

あくまで私の考えですが、多数派と

言うか社会において「概ねその答えが選ばれてます」的な考えで「普通」は成り立っているのではないでしょうか。

周囲を見渡しながら、自分と標準を照らしあわせながら「普通」を導き出している訳です。


言葉の印象は平坦だけど、幅が広過ぎ‼️みたいな…

だって「普通」って平均ではないですもんね?

「普通」の答えが0か100だとして、間を取って半分の50にしようにはならないのも同じ。

その状況によって、人によって変わってしまうもの。


長い前置きですみません(−_−;) 

何が言いたいのかと言うと。

発達障害(グレーゾーン)は「普通」と言われている事を行うのが大変難しいと言うこと。

この障害は知能に関係がなく、一見では分かりづらいため本人そのものに原因を求めてしまいがちになります。


特性は様々であり 個人で違うので、我が家の場合でお話しすると

○体の動き、動かし方がぎこちない。

(その為、走るのは早いがボール投げなどは苦手)

○恐ろしいほど不器用。

箸やスプーン、歯ブラシの使い方や

動かし方(つまむ、挟む、集める、掬うが使いこなせてないなど)

○常に体の何処が動いている、真っ直ぐ立てず姿勢が崩れやすい。

○集中力が続かない→話が聞けないので、取り掛かるのが遅く作業に支障をきたす。

○過集中の場合もあり 周りの状況を考えず興味のある物に没頭する。

○光を眩しく感じるので、写真などを

撮る場合顔をしかめ、落ち着かない。

○癇癪を起こしやすい(家のみですが)

○空気を読むのが苦手

○興味がないと話しが耳に入りにくいのか 内容とチグハグな応答をしてしまう。

○片付けが苦手、溜めてしまう傾向にある。

○物を乱雑に扱う為、破壊してしまう。

○お喋りが止まらない

○時間の逆算、段取り、見通しが苦手


と、四人分の特性をざっと挙げてみました。

全員に共通している点もあれば、個人に表れている点であったりと特性に濃淡がありますので ハッキリと区分できるものではないようです。

ちなみに上記に挙げた特性は、年齢や習慣、躾、性格によるのものとは全く別次元の問題です。怠け癖や

努力不足でもないから、厄介なんです。

脳の働きが上手く作動しない事からくる「誤差動」が、時に「出来て当たり前=普通」からズレてしまったり、誤解から信用を失ってしまう事態を引き起こしたりします(二次障害)




我が家では考えた末、あえて診断を受けておらず、学校の方でも 支援などの補助も特に必要なし(低学年の頃は 息子に時折付いてくれていました。)の要注意に留まっているグレーゾーンの住人ですが、特性がはっきり分かる場合とでは また状況が違うであろう事はご了承下さい。

またまた説明が長引いて 本筋から逸れてすみませんm(_ _)m

これらを踏まえて、何が言いたいのか。それは。

大勢の方がサラッとこなせると言う「普通」を オタオタとやってる私がいるとして 、それで良しとならないの⁉️って事ですかねー


全く持ってすみません‼️唯の愚痴です!


例えば、小学校では1クラスに約30人程度の生徒がいて  きっと様々な子供がいると思います。

一斉に作業を開始したとして、早目に終える子供がいる反面で  授業を円滑に進めたい先生には本当に迷惑だとは思うんだけど、必ず遅い子はどこにでもいるんでないの?と。

時間内で終えられるが「普通」だと

したら 外れているとなるでしょう。


理由が「恐ろしいほど不器用」以外にも「遊んでいたから」「苦手だから」もしくは「丁寧過ぎて」とか色々あるかもしれないのに 時間内に終えるが普通の基準だとしたら  作業遅い=普通じゃないになるのです。

これは夫の考え方なんですけどね。

周囲を見回して、作業が出来なければダメだと。

持ち時間を考えながら「普通は」やれるもんだと。

いや、だからね。普通にやれないから発達障害なんだと言う事実はどうなったのか…


事情を知らない人に ふざけてる。努力が足りないと思われても仕方ない部分はありますが、これを言われるのが家族となると 本当にしんどい。

精神論だけでは どうにもならないって分かっているはずなのにです。


そして、夫の考えが苦痛に思えるのは 「普通」にやる以上の成果を求めているから。

つまり何事も上手く、上位を求めらる事は 周囲のみんなと同じように 同じ早さで物事をこなすのが苦手な私たちには ハードルが三つも四つも上がる事を意味しているのです。


正攻法では難しいから、有効な手法や 改善、工夫を学んだり 会得することが 私達には必要なのです。

それでようやく同じ土俵に立てる。

(でも 遅い。(^◇^;))


そしてもう一つ。「緩やかに諦める。」も大事な要素なのかも…

私は決して、発達障害を出来ない言い訳にしたくはありません。

子供にもさせるつもりもありません。


ただ、良く分からない「普通」が私達にとって苦しい枠なら まぁ、少しはみ出た所でいいじゃないの。

迷惑かけたら謝ろう、そして他の部分でお返しさせて貰おう!

位でやって行けたらな〜〜と考えてます。

だって私達は問題点もあるけど、やれる事もきっとあるだろうから。

その方がずっと 楽に生きていけそうだから。


だけど、本当に難しいのは 考え方が全く違う夫に「緩やかに諦める」 を

理解して貰えない事ですね。