…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

母だって、感情のサンドバッカーなんて嫌だ。

今朝の事です。

突然夫からキレられました。

人の怒りスイッチって、何処にあるのか分かりませんよ…。


例えそれがアジのフライの三切れに潜んでいたとしても。


怒りは突如現れました。

昨夜の夕食に作ったアジのフライ三切れを朝食に出してはとの夫からの提案に

「一切れは、りーさんのお弁当に取っておいて(冷凍保存)残りを朝、食べればいいんじゃない⁉️」

と答えたのですが、この時期は悪くなりやすいんじゃないかと夫に言われたので 

「あぁ。別に大丈夫なんじゃない。」と割合そっけなく返した途端。


「…また、そんな言い方して!」と

酷く恐ろしい顔つきで睨まれた。


私は慌てて「そう言う意味じゃなくて。アジフライ全部食べるなら 今切っているジャーマンポテトのジャガイモの量減らせたのになって事。」

と言い訳をしました。

夫は顔をしかめたまま、納得していない様子でした。


私の返しが雑だったのかもしれない。この時期だもの、夫の考えが正しいのかもしれない。

だけど、これ朝の6時にキレらるような事柄なの⁉️

しかも、そんなに堪に触る様な言い方でもなかったように思う。


あぁ。これってキツいと思うのは 私がおかしいんだろうか。


お弁当にフライをと思ったのも、うちでは原則「冷凍食品」使用を夫より禁じられているから。

段取りも悪く、料理が得意でもない私は、なるべく夕食時に多めに作り 一部を弁当用に当てる様に工夫しているのです。

中学生は昼食に弁当が毎日必要で、作ってるのは私なんだからさぁ。


…と、まぁ。実際アジのフライについては どうでもいいんだけれども。


夫のね、私を睨む顔つきを見て

「あー…私、この人に憎まれてんだなぁ。」と思いました。

全てのストレスの元凶と思われているんだろうなと。

その事実は、私の心に鋭くズドンと打ち込まれました。


先程、子供たちから習い事に関する不満が噴き出しました。

行きたくないから始まり、元々やりたくなかったのにと続き

「検定試験に早く受かれと言われても。」

「習い事の回数が多くて 部活にちっとも出られないのが嫌だ!」

「級が進まないのは、ふざけてばかりだからじゃないかと言われる。」

「どうせ、受かっても当たり前だし、もっと上の級を目指せって言われるだけじゃん‼️」

と、不満や文句が出るわ出るわ。


今日は習い事に対しての子供らの言い分ですが 日によっては、遊ぶ時間や部屋の片付けについて、土日の過ごし方や父からのダメ出しについての弱音や不平不満を私にぶつけてきます。

我が家の指針を決めるのは、夫である父なのですが 時にそれは大変一方的であり、かつ絶対です。

子供たちが嫌だとか、おかしいと思っていてもそれを直接父には言えません。


例え言えたとしても、余程の理由が無ければ覆る事もないので、何度目かの失敗の後にあるのは諦めのみ。

まず意見を伝えてみては⁉️と子供に促すも「どうせ言ったって、ダメなんでしょ。」と言われるばかり。

(確かに、聞き入れて貰える事は あまり無いんですよね(;_;))


子供たちの不満等を、そーだね。そーだね。と聞いてはいますが 不満を口にしている子供たちの目はいつも怒りに燃えていて、またこの目を向けられるのは私なのか。と思います。


鋭い言葉は、痛みに変わります。強い言葉は相手を選びません。

感情をモロに受ける度に血反吐を吐いていますよ。私の心は。


もちろん、甘えだって分かってますとも。

気持ちを吐露できる相手に、私を選んでくれている事に嬉しく思う反面。幾ら母親の役目としても こう毎回ズタボロになるのは…辛いです。


何で私… この家のサンドバッグにならにゃいけないのだろうと。

「今」のこの家を守る為の意味を私が見失なっているのかもしれないんですけどね。

何の為って信念や大義がないと、やっぱり母もしんどいです。