…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

父と私、別れの時間

父の葬儀は 準備もあったので1日空けた8月1、2日に行う事になりました。

深夜に私は一旦家に帰り、朝 娘りーさんの弁当(夏休みだけど部活があった為)を無事作る事ができました。

夫は「弁当なんかどうにでもなるから。」

と言ってくれたけれど、母としての役目をきちんと終えてから 父の葬儀の準備をしたい。

つまらない私の意地でした。


慌ただしく実家に戻り、葬儀の段取りや決め事を次々と済ませ 母と弟は銀行や役場への届け出の為に動き 私は父に付き添う事を任されました。


父は葬儀会館でずっといました。

母は「お父さん、一人にしてごめんね〜。“なんだ、誰もおらんのか?”ってきっと呆れてるわ。」

なんて言っていましたが、悲しんでいられる余裕はありません。

限られた時間で出来る事をせねばです。 


こうなると葬儀は遺族の為と言うより 世間や周囲の為と言った方のが正しいのかもしれません。

それでも父がお世話になった周囲の方々に最後のお別れをちゃんと出来るように。それが私達、家族の仕事でした。


葬儀会館の一室は、先程の怒涛の打ち合わせ等とは打って変わり静寂に満ちていました。(と、言いたい所でしたが 葬儀ラッシュらしく割と賑やかでした(^_^;))

でも、この部屋には父と私の二人だけです。


顔にかけられていた布を取ってみると、父は穏やかな顔で眠っているようでした。

昨夜、安置室で見た父は苦しげではないけれど、口をポカンと開け、魂が抜けてしまったのが分かる表情だったのです。

「こと切れる」と言う表現は正しいな。そう漠然と感じていました。


だから 私は怖気付いてしまったのです。

幼い頃から何万回と見て来た、父の寝顔とは全然違う事に。

「父の死」に実感が湧かないのに、

本能で 絶対的な隔たりを感じ取ったのでした。

涙がだーだーと流れました。


父の髪を撫でても柔らかいんです。

手に触れても、ひんやりとしていますが柔らかいんです。

でも 父はここにいないのです。それをはっきり感じる。悲しいより、寂しかったのかもしれません。


棺の中の父は葬儀会館の方がちゃんと整えて下さったようで 口は閉じられ、いつもの父の顔でした。

本当に眠っているようなので、布が覆っているなんて「…お父さん、苦しくない?」と思い、外したままにしました。


あほですかね〜。亡くなっているのに。何だかね、いつもの父の寝顔で安心したのですよ。

「なんか、もう一度頑張ったら お父さん どうにかイケるんじゃないのか⁉️」

みたいな、変な希望を持ってしまう位に(家族みんな思ったらしい(^^;;))安らかな表情だったのです。


父の顔を見ながら ずっと話し掛けていました。

怒涛の打ち合わせの事。突然過ぎてびっくりした事。苦しかっただろう事。生きている間に孫に会わせられなかった事…。

それをごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら謝り続け 父の側にいました。


この時間は、私にとって必要な時間だったと思います。

安置室と この二人だけの時間が、本当の意味での父との別れだったと。

なぜならその後、今に至るまで 私は父の亡くなった実感が湧かず、悲しいとも思えず 泣く事が出来ないからです。

多分感情に蓋をしてしまっているんだろうな。

謝っても悔やんでも、どうにもならない事実が重すぎて。

悲しみが氷解するには 時間が必要なのでしょう。

その前に寂しいんだと自覚しないといけないのでしょうが。  

でも それは、まだ。