…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

それを「酷い」と言う為に③

そもそも私を発達障がいであるADH

Dだと言うのなら、片付けが苦手なのは「怠惰な性格」によるものではないのは分かっているはずじゃないのか?

だから許されるとは、思っていない事も。

夫は専門的な勉強をしているはずなのに、辛いのは何故でしょう…。

  

夫は「発達障がい」を前面に出して、いかに私が不出来な嫁かを訴えました。 

それでも夫が「今まで生きてきた普通」の世界で培った感覚から言ってるだけで、私の感覚と違うからと言って『あなたは間違っている』と簡単に言うのもどうかな…?と私は思うのです。

誰もが皆「自分の普通」=「環境や考え」を持っているのだと思うからです。お互いの生活で何処まで擦り合わせが出来るか。結婚が難しいのは、言わずもがなです。


って。そんな一般論を言ってる場合ではないのですが(-。-; 

もうすでに双方泥沼での水かけ論で

したそうですから。

突然夫が実家に現れ、延べ7〜8時間話し合いをしたと親から聞きましたが、実際は10時間位になったと思います。

食事も取らず、まぁ そんなに話す(不満や文句)事があったものです。

どんだけ私嫌われていたんでしょうかね…。 


それから夫は

「こんな気と我の強い女はいない。自分は別の女性と同棲していたけど、もっと優しくしてくれていた!」 と言ったとも。

えーと。聞き手、嫁の親ですよ??

親も「義理の親相手に良く言えたもんだ。」と思ったそうな。確かに。


私も 以前その女性との事は聞きましたが  互いに仕事が忙しく残業ばかりで 半同棲だったそうです。

たまに自炊していたらしいけれど 部屋で魚を焼いた事は無いなんて、そら キッチン綺麗でしょーよ。

自分の世話をすれば良い大人同士の暮らしと、家族の5人分の家事に追われている私と 一緒にするなよって思うのですが。

生活のみならず、背負ってる責任も覚悟も違うだろ!!

と、こっちは言いたくもなりますよ〜〜。

 

などなど…親としても、言われている当人としても 本当にあんまりな話を次々とされた訳です。

当時は話した内容を両親から聞いて覚えていたのが、一年前と言う事、後 辛すぎたのか今では記憶が酷く曖昧になって来ています。

多分 自己防衛本能が働いるのだと思います。記憶にモヤがかかっていて

思い出せないのです。

そして、すごく辛かったはずなのにそれを「酷い」と思えなくなってきています。

すでに感情が麻痺してきてしまっているのでしょうか?

父が亡くなった事を特に悲しいと思えないのは、死を実感していないからなのか、感情に蓋をしてしまっているからなのか 私には分からないのです。


怖いです。


悲しいと思い知る事が。

悲しいと思えない事が。


だから今 すごくしんどかったのに無かった事にしてしまっている、 一年前をゆっくり思い出しているのです。