…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

また、やり直しなの?

普段、子供達を心配している私ですが それは自分が歩いてきた道のりが

決して平坦な物ではなかったからです。

ADHD(注意欠如多動症障害)の特性

を持つ私が「自分は これでいいかな。」と思えるまでには 長い時間が必要でした。


思い返すと、幼い頃から中学生くらいまでの間は如何に学校などの集団から外れないかが概ね「普通」の基準でした。

子供がうじゃうじゃと多かった時代でもあり、大人には扱いやすい子供が“いい子”であった訳です。

(それに反発した子達がヤンキーと呼ばれ校内暴力の吹き荒れてた時代でした。)

集中力が切れやすく、授業中は上の空。その為に行動も遅れがちになる

。そのくせ言語の遅れはなく、むしろ達者で 本質を鋭く付いてくる。

発達障害などの子供は 世間の持つ“ぼんやりしている”と言ったイメージと違って実際は勘が鋭い子が多いように思えます。

ある種のこだわりがある分 ごまかしが効きません。

率直に疑問を口にしますしね。 

一般的にそれらは、素直さを欠いた

「子供らしくない・可愛げがない」と言われ 反抗的な子供だとされていました。

揉めてる相手の大袈裟な嘘泣きを見破って容赦無く指摘しちゃうと

大人は大概 

「その人の立場になって考えてみなさい!人の気持ちが分からない子だね。」となるけど

いやいや嘘泣きです。向こうに非がありますよと言った所で

その態度は何だ、と批判され 悪いのはこちらになるのです。

大体は「嘘や真実」をすっ飛ばして 場を収める方を優先しますから。


良いように動かしたい大人にしたら、まー 面倒くさい存在なんです。大人になった私も 今は多少気持ちは理解できますけれど( ̄▽ ̄;)


そんな面倒くさい、規格内に上手く収まらない私は、大人(ここでは 主に先生)にはズレた子と認識されていた様に思います。


そして子供の世界においても若干浮いてましたね 私。

例えば、誰かを的にした遊びの意地悪も苦手でした。

私たち仲間だから そうじゃないあの子は無視しよ〜。友達なら普通やるでしょ、うふふ。が私にはいまいち分からないのです。

え。ふつう?それって普通なの、どこら辺が?

喧嘩なら それ相応の理由があるはずなのに、

今で言う「空気を読んで」みんなで一緒になって攻撃する仲間とのコミュニケーションとしての意地悪には 悪意のみで 理由はないからです。

特別な理由もなく 人が嫌がる事していいのか? そんな自分の正義感や疑問が勝っちゃって参加出来ないのです。

でも 加わらないと やっぱり周囲からズレてると言われちゃう…。


そこに 不器用とか 話聞いてないとか

の特性が絡んで

「何かameちゃんて変わってるよね〜」「普通じゃない〜」とか言われていました。

中学生までは やはり この発言が正直

怖かったです。

現在より大雑把な時代ではありましたが、子供の個性を尊重される事は

なかったと思います。

皆が足並みを揃える事のが重要でした。子供多いし。

周囲も親も「大多数が正しい、それ以外は はみ出し者」と言う考え方が

まかり通っていましたから。

その中で 浮いているのは 人としてダメに等しい。本当に恐怖でしたよ〜


この時代には発達障害は あまり広く知られていませんでした。

何となーく出来ない子もクラスにはチラホラいて、問題の原因は性格か

頭の悪さから来るものだと思われていました。

守って欲しかった親にも「人並みに!」「普通なら出来るじゃない!」「みんなと同じ様にしなさい。」と良く叱られました。

だけど、こちらは分からないのです。

誰も当たり前だからと具体的に説明なんかしないし、そもそも明確な基準もないんだから 周りを見回してとりあえず同じ事をしてみる。

でも 自発的な行為じゃないから 遅れを取る、不具合が出る。

→敢え無く失敗❗️


みたいなのの繰り返し。

そうなると、親は更に何故みんなと同じ様に出来ないんだ?となじる…

親くらいは それでいいんだよ!と言って欲しかったですけどね〜

自分はダメな子なんだ。ひねくれてるんだ。

思春期も手伝い、気持ちは荒れていました。

素直さがないって言われるけれど、

思ったままの発言をしたら怒られる

。個性は大事!と言うけど、人と同じ事をしないとダメだと言われる。

これじゃ自尊心とか自己肯定感なんて、育つ訳がありません。


この頃の私は 自分は普通じゃない事がバレないかいつも不安でした。

一方で 押し付けられる「普通」の檻を窮屈に思っていました。


ところが、高校生になるとそんな私は周囲から面白がられる様になりました。

地元の高校ではなく 少し離れた私立高校に進学した為、学校の雰囲気も

集まる人のタイプも大きく変わっていました。

相変わらず周囲との多少のズレは感じていましたが、それでも「あなたは そう思うんだ?へぇ〜。」と違いを受け入れて貰えた事は大きかった

。発言も要領の悪さもameらしいわ

と笑ってくれたのです。


勉強が出来る子も 補導されまくりの子も 真面目な子も ヤンキーもいる。

色んな人がいる中で、少しくらい風変わりな子がいても許される気がしました。

知るって大事な事です。


「これもアリなんだ…。」

生きて行くには正攻法(自分には絶対的に無理!!)以外にも私の走れるルートがあった。みたいなもんです。

この思いつきは 私を変えました。

今まで 私が居た場所では ほぼ決まった方法で、不利なルールしか提示されて来ていなかったから…

そこから 急速に外の世界に興味が向かいました。



だからと言って、その後劇的に私の何かが良い方向に進んだ訳ではありません。

世間はそんなに甘くありません。

成績も良くなかったし、入学して暫くは学校は嫌いでした。

正規ルートでは 私はズレている事に変わりはありませんから。

ただ、普通の呪縛は解けましたね。

マナーとか振る舞いなど失礼にならぬよう心に留めておくぐらいで問題がないと思えるようになりました。


それから 自分の周囲の人達が私の「ズレ」を気にしなければ 「ズレ」にならない事にも分かりました。

これは短所と言葉を置き変えて貰うと分かりやすいと思います。

「ズレ」によって、良くない事をした場合には、ちゃんと注意してくれる 信頼出来る人間関係を築く大切さを知りました。


私は 長い長い時間をかけて、自尊心や自己肯定感を再構築して来たのです。

苦しかった「普通」は 私に取ってただの縛りだと。

そんな心に留め置く位であった柔らかなリボンを 鉄の檻に戻したのは…

結婚であり、母と言う立場でした。

そして「母親なら当然の事」と言ってのける夫でした。


また、やり直しなの?


この勝てないゲーム、やる気ないけどな。力無く呟く日々です。