…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

好きは 武器にも支えにもなる。

先日息子の興味がある生き物の野外調査のワークショップに参加してきました。

我が家は子供達が興味を持ちそうな

、もしくは面白いんじゃないかと感じた企画に幼い頃から積極的に参加をしています。


親だけでは考えつかないような体験を子供達にさせられる良い機会だと思っていて 日々 広報やパンフレット、施設に貼ってあるポスターなどにも目を配るようにしています。

探していると、企業主催の取り組みや地域や自治体の活動など野外での企画や歴史などに纏わるもの、図書館での読み聞かせなど 多種多様で実に幅の広い体験の多くが安い代金で、もしくは無料でも受ける事が出来るのです❗️

うーん。素晴らしい!!

(それは同時にレジャーを安く済ませよう、と言う魂胆も私にはあったりしますが… (*´꒳`*) )


休日の過ごし方として以外に こういった催しに積極的に参加している理由は、子供の興味がどこに向かうのかは親でも分からないからでもあるんですよね。

体験や機会を得て子供の何か(興味)

が発動するきっかけになればと期待もしているのです。


単純に好き、嫌いは小学生にもなれば 自分でも多少分かって来ているとは思います。

息子の場合 生き物好きだから理科は得意、そして音楽は苦手。みたいに教科ひとつにしても得意、不得意が分かってくる。

まぁ 息子は興味のベクトルが突出しているタイプなので 興味を持てる分野が分かりやすいのですが…

ここまではっきりするまでは まんべんなく講座やワークショップを網羅してきました。


しいて言うなら親として知りたいのは好き、嫌いの向こう側です。

①好きだけど苦手な事

②好きで尚且つ得意な事

③あまり好きじゃないけど得意な事

④あまり好きでもないし、苦手な事


これは本人の「強みを生かす」と言う観点からすれば

①②③を選んで伸ばせていけたらいいですよね。

もっと言えば②の「好きで得意」を意識して伸びて行ければ何よりです。

④は少なくともやっていて当人も楽しくないでしょうから。


多分 こう言った自己分析は中高生になれば学校指導の元で行なうだろうと思います。

あえて意識していなくても、進学や 就職を考えたりする時に誰もが自然と自分にとって“得意な物” “興味を持てそうな分野”を選ぶのと同じだと思います。

*余談ですが仕事に関しては「好きだけど苦手」よりも「あまり好きじゃないけど得意」を選んだ方が上手く行くんじゃないかな??と思います。


自己分析が出来る年齢と言う事は、客観的に自分を見れるようになってきたという事ですもんね。

自分の興味や得手不得手を把握しつつ、周囲を経由して流行りや興味の対象も大分変わり価値観も複雑になって来ているでしょう。

親からのアクションはむしろ邪魔になるでしょうね〜


中学生に上がった長女は部活を理由にしてこう言ったワークショップ等の参加を拒否しています。

なので資料を見せたり、食事時にさらっとその日の内容を伝えるようにはしています。

その他には、本や映画など良さそうな物は 長女の興味の持てそうな範疇であれば勧めてみたり位ですね。

うるさがれない程度に留めておくと


そして小学生組の長男と次女はまだまだ模索中です。

特に次女はもう少し色々な事に興味を持って欲しいなと思っています。

日常の会話から「好き」キーワドを拾って本や番組などを投げかけてみるも いまいち引っかからない様子

(−_−;)


幼い頃から姉と兄向けの講座やワークショップに数多く連れて行っても 

「疲れたぁ」と離れた椅子に座っている事もしばしば…。(-。-;

しかも内容が全く頭に入ってない。


次女はむしろ好みがはっきりしているので そこを起点にして講座などを選んで行く方向が良いのかもしれませんが…。

選択肢を増やしてやりたいと思うのは親の押し付けかもと考えたりしつつ、やはり難しいですね!


先ほどお話したように、年齢と経験と共に興味の対象も価値観もどんどん変貌を遂げ 子供自身の世界を持って行くのは当然です。

それ自体はすごく喜ばしいと思うのですが、時折その中に自分の思い以外にも“他人の目”だとか、“流行り”

が付随してしまって本質が見えなくなってしまう事があったりすると思うのです。


他人や常識を基準にして選択をしてしまうと、その内にズレが生じてくるんじゃないかな。

「望んでいた事(のはず)なのに どうもしっくりこない。」

「なんだか楽しくない。」


何が自分にとって楽しいと思えるのか、続けて行くのに苦だと思わないのかを改めて考えて行くと 自然と

余計な物が落ちて、最後に残るのもが 本当に単純で素直に

「面白い、楽しい、好き❗️」

といつか感じたものになるんだろうなと。


その「核」が分かれば後はどのように枝葉を伸ばすかは本人に任せようと思っています。


自分の世界を持ち始めている長女と長男を見ていて、私としては 親がそれとなく促すには もうそろそろタイムリミットが見えてきているかな。と思い始めています。

あの世界には「親」は立ち入り禁止でしょうから❗️


私は まだ幼い子供達の負担にならない程度にそれが掴めるような機会になれば幸い、位の軽い気持ちでいます。

親の指導で「何者か」にしよう

なんて気はさらさらありませんから。


「好き」は心を躍らせてくれます。


「好き」はその先の道を作ってくれる一つのツールです。


「好き」はその人を表すキーワドにもなる事だってあるかもしれない。 


「好き」を大切にすると自分も大切に出来るんじゃないでしょうか。


もう単に、

自己肯定感が低い我が家の子供達に

自信をつけて貰いたい。

親としてはそんな願いもあります。


いつか子供が成長した時に「好き」故に悩む事があってもそこには きっと伸びた経験や知識や思考で持って

本人がその都度答えを出して行けばいい。


武器にも、支えにもなる。

やはり好きは強いです。