…時々、晴れ雨。

グレーな私と子供たちを取り巻く日々を。

地団駄を踏むって、結局は一歩も進んでない。

地団駄を踏むって言葉、ありますよね。

人が悔しがったり、思い通りにならなかったり、ごねる時に足を踏み鳴らす行為なんですけれども。


我が家では、昔は子供が癇癪を起こしてはダンダン!と踏み鳴らしたものです。

ADHD気質が色濃く出てた息子が泣き喚きながら(^_^;)


夢中になっている事を中断させられたり、姉から仕掛けた喧嘩で、理不尽にも叩かれたりした時に起きていましたね。

あの頃の息子は自分の気持ちのやり場がなくて、周囲にある物や地面に打つけるした手立てがなかったと思うのです。


思い返すと、息子は八つ当たりはしつつも地団駄を踏む事はしなくなりました。

六年生になった今では殆ど見ませんからね。

私は息子の“自然”な成長だと勝手に解釈していたのですが、それだけではなかったのかもしれません。


発達障害の方は成長するにつれて

一部の特性が目立たなくなる事があります。


全ての人に共通する事ですが人は経験し、失敗をする事で次に活かす為に知恵を授かります。


ADHDの特性を持つ私もですが 大人になるにつれて

「上手くは出来ないけど、何とか失敗せずに済むような方法」

が身に付きました。

小さなつまずきはあるものの、大きなしくじりにはならないと言う事です。

つまり経験値ですね。


不得意が分かると得意な事も分かってきます。

“苦手”を避けて通れない場合もあるけど、時にはゆるやかに回避を選択

すればいいと判断するのです。

その際に自分が出来る、やり易い方法がないかを考える。

それは知恵です。


こんな具合に年齢を経て、経験や工夫が出来るようになる事を単純に成長と呼ぶのでしょうけど、我が子のみならず何かしらの特性を持つ子供たちは「ほっといていても」自然に

身についていた、とは行かないんじゃないかな。


ADHDの症状が軽度だったからでは??と言われるかもしれませんが

先生や親など周囲の適切な声かけや

アドバイス、話し合いなどがあってこそ 定着した力だと思うのです。


それこそ、懇々とね。

「もー毎日、お母さん言ってるよね❗️(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」

と言える位、私は子供達に口を酸っぱくして伝えてきました。

多分どこのお母さんもそうでしょうけど。


それでも仕出かすのですよ。言ったそばから我が家の子供達は…。

のれんに腕押し。糠に釘。

それ位、響かないものです。


ですが改めて思えば、成長の裏には周囲の人間の注意や声かけだけでなく 数えきれない程の失敗と、それを『恥ずかしい』と本人が感じた事とセットになっていたのでしょう。


出来るようになった事=失敗の数

なのかもしれませんね。


今の息子が地団駄を踏まなくなったのは多分、対処方を学んだからでしょう。

遊びを中断させれ、先に宿題をしなさいと言われた時は、文句を言いつつも実行できるようになりました。(始めるのは恐ろしく遅いんですけどね…) 

姉から仕掛けた理不尽な言い掛かりには きちんと反論し、応酬できるようになりました。


悔しくて、やりきれない気持ちを地面にぶつけなくても、何とかやり過ごす力を身に付けたんでしょうね。


地団駄はあんなに足をバタつかせても、実は一歩も進んでいないんですよね。

息子は 地面を憎々しげに踏みしめ、 やりきれない気持ちを紛らわすのを止めて歩き始めたんだと思います。


今の私こそ ただただ

「悔しい、悔しい。」

と嘆きながら地団駄を踏みならしているだけなんだな、と思います。


地団駄は実は一歩も進んでいない。


私も歩き出さないとな。